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なにやら徒然書いてます。
英国コルチェスターでの日々、旅行記、異文化観察などなど。
よければ覗いてってください。
2004年09月19日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
まだMAが取れたわけじゃないし
卒論なんか自信がなさ過ぎて凹みまくりです。

が、
日本に帰るにあたり日記はひとまず閉鎖しようと思うので(実家がダイヤルアップなもので)
ちょうど良い機会だと思うので、学生生活を振り返ってみる。


平々凡々な生活から足を踏み外し始めたのは大学三年の頃から。

自分がいた大学は三年時からゼミを選ばなければならず
どこを選ぼうか考えていた際に
それとなく興味を持っていた国際関係史を取り扱うゼミに申し込んでみた。
小さい頃から
テレビからは世界の色々な映像が流れてくるのを見るたびに
そういう世界を見てみたいと思うようになっていた。

自分が暮らしていた世界とは違うものへの憧れに加え
二年時から続けていたサークルの代表としての仕事に少々疲れ
友人が一人で旅行をしてきたという話を聞いて「俺に出来ないはずがない」と思っ事も重なり
その夏に東欧の一人旅行を計画する。

当時の自分としては結構な冒険だった。

当初、5ヶ国程度で終わる予定だった旅行は
飽きっぽい性格も重なり(ウィーンに二日で飽きたりとか…)
中東欧地域を8の字を書くように
10カ国35日で回るという無茶をする。

そこで見たのは
ポーランドでの民族浄化の跡(アウシュヴィツよりも、ルブリンにあるマイダネク強制収容所跡の方が印象的だった)
サラエボでの民族紛争の傷跡
ベオグラードで空爆によって破壊されたビル
などであった。

特に心に残ったのは、サラエボの風景。
スナイパー通りと呼ばれる目抜き通りを歩きながらふと目をそらすと
鉄柵に弾痕がついていた。

街中を「ただ」歩いているだけで撃ち殺される世界が
ほんの5年前
自分が日本で何不自由なく暮らしている頃に起きていた事を思い知らされた。

なぜ、そんな事が起きるのか。
そういう事を学んで見たかった。
そして
苦しむ人たちを救ってみたいという気持ちを持つようになった。

後者を叶えられるのは国際機関や開発援助などの期間で働く事だと思い
その手の雑誌を読んだ。
そうして、そういった仕事に就く最低限の条件が「英語+修士号」というのを知り
留学を考え始める。
(今考えるとそんなに単純な話じゃないんだけど。。。)
そして
大学一年の時に海外を見て来いと自分をカナダ(一ヶ月だけ)に送り出してくれた両親の後押しもあり
留学の準備を始める。


2002年9月に英国のとある大学の英語付きのDiplomaコースに入学する。

当時の自分にはそれなりにきついコースではあったが
ほど良いモラトリアムとして色々な事を考える時間になった。

開発学で名の知れた大学だったのだが
行った初日に中国人のクラスメート(ボンボンなのだが、中国人らしくなく開発学専攻)に
「なんで発展した国からわざわざ来て、日本人は開発学を学んでいるんだ?」
と聞かれて、
「世界中で苦しんでいる人達を助けたいからだよ」
と彼に答えながら、妙に違和感を感じる。
(僕自身は開発学専攻じゃなかったのですけど)

わざわざ苦しんでいる人のところに行って、
彼らを助けているという事実で
自分の満足感を満たしたいだけなのじゃないのかと。

そう考えた上で
色々な国籍の人と話し、
色んな国を回った結果、
今度は興味が内側に向いた。

戦後、ここまでの発展を成し遂げた日本という国は
自分の祖父母や両親の世代が作り上げてきたものだと思い起こす。
自分を育ててくれた環境に貢献していきたいと思うようになる。

また、
現地に行って一緒に井戸を掘るよりも
もっと大きなお金を動かした方がよっぽどの援助になるのではないかとも考える。
(ここもちょっと短絡的…)
何より
苦しんでいる人なんか自分の周りにだっているじゃないかと。

というわけで
昨年の夏に、国会議員の下でインターン活動などをしてみる。

衆院選直前と埼玉知事選が重なり
雑務と肉体労働の繰り返しだったわけだけど
それでも国政に携わる人たちの仕事を垣間見れたと思った。
感想は…0よりは1でした。

ただ
その中で素敵な出会いもあり
勉強をする事が出来たのも事実です。

そして
今の大学に来て国際関係学を学ぶ。

一年経って気づくのも遅い事だけど
この学問自体はもともと自分の興味があったこと(開発援助や民族紛争)と違い
もっとアカデミックなものだった。

MBAなどとも違い
実務に役立つものでもなかった。

ただ、この先の人生を豊かにする知識は与えてくれたと思う。

同時に
国際機関に勤める事やNGOなどに専属で働く事への興味は薄れた。
世間知らずになるのが嫌だったから。

色んな話を聞いたことで逆に迷う部分もあるのだけど
長期的な目的としてやってみたい事は定まってきた。

そこまでのレールが敷けていないのはちょっとまずったけど
まだこれから頑張れるはず。

二年間遠回りしたけど
いきなり社会に飛び込むよりも
少し違った世界を垣間見る事は出来た気がする。

実りある2年間だったといえるようにするには
これからにどうやって生かすか。

少しずつでも前に進んでいくのです。

(あああ、まとまってない。急いで書いたもので…)


こんな気ままな日記を覗いてくださったみなさん
ありがとうございました
24日には帰国します。
数日以内に日記も閉鎖しようと思います。

日本に帰ってからもよろしくお願いします。





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最終更新日  2004年09月19日 22時33分44秒
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