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テーマ:ショートショート。(573)
カテゴリ:断片(自作小説・その他)
小さな頃は、この手でつかめない物なんてないと信じてたの。
今はもういない彼女がなんでもないときに漏らしたそんな一言を、何故こんなにもハッキリと覚えているのだろうか。 理由―――それも至極分かりやすい理由は、いくつか存在していて。 例えばそれは、普段は極散文的なことしか口にしない現実主義者がポツリと漏らした詩的な科白だったからで。 例えばそれは、ただでさえ高慢さすら感じさせるほどに力強く、挑発しているかのようにも見える彼女が言った、自己中心的な言葉だったからで。 でも、多分本当はそのどちらも正しくはないのだ。 だって、彼女の現実主義は夢想家が夢を失ったゆえの物で。 だって、彼女の高慢な美貌はあくまで受け手であるこちら側がそう感じているだけのことで。 だから、本当の彼女は夢見がちな《少女》でもあったし、そして同時に真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐな愛すべき人物だったのだから。 柔らかな手を空に向けてさし伸ばして、薄い掌を天にかざして。真っ白い腕。爪にきれいに塗られた真っ赤で透明なマニキュアは、子供の頃に食べたイチゴドロップに似た色をしていた。 彼女はもういない。 彼女はもう、ここにはいない。 彼女はもう、ここには帰ってこない。 けれど再開の日を夢見て、待ちわびる者は彼女の記憶を再生し続ける。 今はもう、消えた時間を。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.06.27 19:47:54
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