カテゴリ:ひとり言
アダムとイブの時代より、神が創造したという人間は男と女に決まっていたものでしたが、最近ではそうと決まったものでもなさそうです。つまり男のようで女であったり、その逆であったりという、いわゆる第三の性の存在については、社会的にもこれを広く受け入れようという考え方が定着しつつあります。 アメリカの大統領選挙、民主党の候補者の中にも同姓の男性をパートナーとしていることを公言していた30代の男性(?)が一人いらっしゃいましたね。 キャンペーンの遊説中に、大勢の支持者を前にして、壇上でそのパートナーの男性と抱き合って頬にキスを交わしていたのには、驚きました。舌を噛みそうな難しい名前の方でしたが、序盤戦ではバイデン元副大統領をしのぐ高い支持率を獲得していましたね。 つまり、アメリカはそういった特殊なジェンダーの人も差別を受けることなく、大統領になることだってできる国であるということがわかります。 ウエブトピックスより フェイスブックが性別多様化、50種類の選択肢 なるほど何よりも個人の人権を大切に考えるアメリカ社会のこと、数は少ないとはいえさまざまな人格を持つ人への配慮が欠かせないということでしょうか。 しかし、男性(Male)、女性(Female)のほかに50種類にものぼる選択肢の中から自分に合うものを選ぶって、これははたして親切と言えるだろうか? そもそも例としてあげてあった選択肢からして、理解不能です。 「トランスジェンダー」「シスジェンダー」「インターセックス」「どちらでもない」・・・、まあ「どちらでもない」は言葉としては理解できますが、男でもない女でもないって、どんな精神と体の作りの人間なのか思い浮かびますか?トランスだとかシスだとかインターセックスとなると、その性の間にどのような違いがあるのでしょう?。 また、このフェイスブックが用意した50種類の選択肢の中には、「宦官」は載っているのだろうかとも思ったりしています。 私は今、浅田次郎の長編大作「蒼穹の昴」に登場する主人公のことを思い出しています。この物語は、清朝末期の後宮に仕える宦官(ホァンクァン)・李春雲(リイチュンユン)が主人公でした。 清は20世紀前半(1912年)に滅んだ中国最後の統一王朝ですが、少なくとも20世紀後半か21世紀初めまでは、"宦官(ホアンカン)"といわれた人たちががこの世に存在したことになるはずです。そうすれば、この男性の局部を切除してしまった"宦官"と呼ばれた人たちは、いったいどのようなジェンダーになるのだろうかと? まあ、清朝が滅んだ1912年に10代で後宮に使えた宦官がまだ存命であったとしても、今120歳ということになりますから、フェイスブックの選択肢には載っていないと考えた方が妥当でしょうが・・・。 それにしても50種類にもわたる選択肢の中から自分に合致する性を選択するのって、・・・う~む、はたして私は、男性(Male)を選択していいのだろうかなどという思いがしてきて、なんだか不安にかられるのでした。 まあ、少なくとも宦官でないことだけは間違いありませんが。(爆笑! にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年03月16日 13時38分00秒
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