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2022年04月29日
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人を大雑把に男と女に分けることができるように、酒を飲む人と飲まぬ人というようにも分けることができましょう。いわゆる上戸と下戸というわけですな。

この国の歴史を遡ると酒にまつわる数々のエピソードに出会うことができます。そのほとんどは酒を飲み過ぎての失敗談と言えましょう。先に「黒田節」で話題にした福島正則はその筆頭。上戸が過ぎたゆえに家宝の槍を失うことになった。

一方下戸組となると、酒を飲まないから酔うことはないのは自明。酔うことがなければ、酔っぱらって失態をさらすこともありませんから、彼らの周りには酒にまつわるエピソードが乏しい。

信長、秀吉、家康、光秀……。苗字を書かなくても名前だけでそれが誰であるかわかる人物は、なぜか戦国時代のこの一時期に集中しているのはひじょうに興味深いことです。日本人ならだれでも知っているこの四人の武将に、なぜか酒にまつわるエピソードが残っていないのは、実は彼らは下戸であったからではないかと、俄か歴史学者(←私のことです)は考えるのですが、皆さんはいかが思われますか。今からそれを探ってみたいと思います。

戦国を代表する四人の武将の中で、唯一酒量についての記述が残っているのは信長。
当時来日していたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが記した『日本史』には、信長は「朝早く起床し、酒を好まず、食を節するなど極めて健康的な生活を送っていた」という記述が残されているとか。

信長は数多く時代劇でも取り上げられていますね。酒宴のシーンなどもよく出てまいりますが、家臣ともども和気あいあいとして酒を楽しんでいるといった演出には、お目にかかったためしがありません。たいがいは突然怒り出して、杯を家臣に向かって投げつける。それでも気が収まらず、殴りつけたり足蹴にしたりして、辱めることをためらわない。その足蹴にされた代表格が、秀吉と光秀ということになりましょう。

現役の整形外科医でありながら作家でもある篠田達明は、その著書『モナ・リザは高脂血症だった』(新潮新書)で、「幼児期に親から疎まれた子ども(信長は母親の土田御前に疎遠にされた)は、長じて粗暴かつ奇矯な行動をしめすことが多い」、「こうした性急で激高しやすい性格は、高血圧を招きやすいことが知られている」と記しています。下戸でしかも癇癪持ちであった信長にしてみれば、酒席で家臣たちが当たり前のように楽しげに酒を酌み交わし、大声で笑いあっているのが許せなかったのに違いありません。

私は医者でもなく、かつ歴史学者でもありませんが、たとえ信長が数多く居並ぶ家臣の面前で、光秀を足蹴にして辱めるようなことをせず、ゆえに本能寺で憤死することもなかったとしても、やはり天下を手中にすることはかなわなかったのではないかと考えます。おそらく癇癪が高じて脳溢血でパタリということになったのではないでしょうか。酒で気を紛らわすということを知らなかった、いや知ろうともしなかった信長は、下戸であったが故に大損をしたということになりはしまいか。

一方信長に足蹴にされた光秀。光秀もまた酒を好んだという資料は出て来ないということです。
同じく『モナ・リザは高脂血症だった』には、光秀は極度の近視であったのではないかと書かれています。大阪府岸和田市の臨済宗本徳寺に残されている明智光秀を描いた唯一の肖像画を見て(診て?)、光秀の近視を看破された篠田先生は名医中の名医。私も子どものころからの近眼で、朝目覚めてまずすることは、枕もとに置いた眼鏡を探すこと。それだけによくわかります。

「近視の者は一寸目を細め、あごをあげて相手を見る顔つきをしがちである。これは遠距離に焦点をあわせようとして、知らず知らず目を細めることからおこるくせなのだが、このくせは相手を小ばかにしたような感じがするし、当人の人相もわるくなり他人に不快感を与える」という篠田先生のご指摘は、説得力がありますね。

近眼の上にあまり酒が飲めなかった光秀は、酒宴の席でもきっと所在なげに物思いにふけっているように見えたのかもしれない。上座に座る信長の表情を読み取ろうとして目を細めたその仕草を見た信長は、

「小賢しい! 光秀!」

と、思わず声を荒げずにおられなかったのではないかと私は想像します。

もし光秀の近眼は生まれつきのもので仕方がなかったにしても、もう少し酒を飲めたなら、そして酔いにまかせて泣きごとのひとつも語れるようであったなら、信長の勘気を受けるということもなかったのではないか。

そうであれば、「本能寺」という寺の名も歴史書に残ることもなかったろうし、「山崎の合戦」も起こり得なかったということになりはしまいか。

光秀もまた下戸であったがゆえに損をしたと、言えそうです。







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最終更新日  2022年04月29日 11時50分04秒
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