カテゴリ:そばの雑学
いずれも江戸時代の初めころに流行り出したというそばと落語。 そばが今のように細く切られて食べられようになったのは江戸時代の初めころのことなら、今のように噺家が寄席で客に機知にとんだ「落とし噺」を聞かせるようになったのも、やはり江戸時代の初めごろのことといいます。「落とし噺」だから「落語」というようになったのだと。 新しいもの好きの江戸人は寄席に入って落語を楽しんだあと屋台の蕎麦屋に立ち寄って、一杯ひっかけつつそばをすするのを何よりの楽しみにしたのでしょう。 落語がお好きな方はご存じでしょうが、落語にはそばが出て来る噺が多くありますね。そば道を極めるには落語についても知識を深めることが求められるのではないかと考えました。有名な「時そば」は、皆さんご存じでしょう。どうしてもそばの大食い競争の懸けに勝ちたかった大食いの清兵衛が出てくる「そば羽織」も、有名な演目ですね。 今日は、もうひとつ「落語」に出て来る「そば」の話を取り上げておきましょう。「そば」が大好きという虫の話。そばを栽培していてそばの若芽が大好きという虫には出会ったことはありますがね。人間様が食べるそばが大好きという虫なんているのかと思ってしまいそうですけで、そこが落語の面白さというものでしょう。 その前に普段我われが何気なく使う「虫」という漢字。地面を這ったり羽を持っていて空を飛んだりする皆さんよくご存じの「虫」のことですよ。この「虫」という漢字は、もともとは「蟲」と書くということご存じでしたでしょうか。私なんかは「虫」の複数形かと思ったくらいですが…。 阿辻哲次著『遊遊漢字学(阿辻哲次著 日本経済新聞出版本部)』で、「虫」は鎌首を持ち上げたヘビをかたどった象形文字だと書かれています。すなわち「虫」は「蛇」のことだと。私たちが認識している一般に昆虫のことをさす「ムシ」は、「蟲」と書いたのだと阿辻先生は教えてくれています。 文字を一目見るだけでそれが何を意味しているかたちどころに分かる表意文字漢字は、世界に類を見ない優れた文字ですが、一文字一文字に意味を持たせたがゆえに文字数が膨大な量になってしまった。また字画も多いもので二十画・三十画、中には五十画以上にも及ぶものが出現するに至った。「蟲」は「虫」を三回書かなければならない。面倒だ。そこで同じ「チュウ」と発音する「虫」と書いて間に合わせたというわけです。 同じく『遊遊漢字学』で、阿辻先生は「庚申(こうしん)」という漢字を取り上げています。「庚申」とは、甲・乙・丙で始まる「十干」の七番目の「庚(かのえ)」と、十二支の「申(さる)」とが組み合わさった日のこと。 旧暦で六十日に一度回ってくる。中国の道教の教えによれば、人の体内には三匹のけしからん虫が住みついていて、「庚申」の夜になると、人が眠ったあと口から抜け出して天に昇り、天帝にその人の悪口を言って、再び戻って来るのだとか。 天帝に自分の悪口を告げられてはかなわないですよね。そこで昔の人はどうしたか?眠ってしまうから、よからぬ虫が動き始めるのだろう。一晩中起きていればいいじゃないかというわけで、庚申の日になると仲間たちが一堂に集まって、徹夜で飲み食いをして過ごしたというのです。そしてその集まる場所のことをやがて「庚申堂」というようになったと。 また阿辻先生は、飲み食いの他に徹夜で過ごす方法について言及しておられます。言わずとも知れよう、夫婦で朝まで布団の中でしっぽり過ごすことだと。しかしこの方法は、庚申堂に一堂に会するという村の団結を乱すことになりかねないので、心しなければならないとも。なるほど、夫婦仲は良くなっても村八分にされちゃあたまらんか? あっ、夫婦仲の良し悪しを書こうとしているのではありませんでした。そば好きの「蟲」が出て来る落語があるということをお話しようとしているのでした。話を本題に戻します。 おそらくこの「庚申」伝説からきているのではないかと、「故事・伝承、民族・風俗学者」(←私のことです)は睨んでいるのですが、阿辻先生のようにしっかりと資料を検証して発表なさった学説とは違いますから、まったく定かではありませんが。 またまた話のオチまで言ってしまうことをお許しください。 夢で変な「蟲」に出会った医者、つぶそうとすると「蟲」が口をきいた。自分は疝気の「蟲」(せんきのむし)であると。人の腹の中で暴れ、筋を引っ張って苦しめているのだが、自分は無類のそば好き。しかし唐辛子はいけない。これに触れると体が溶けて死んでしまうと。そばに唐辛子はつきもの。唐辛子が入ってきたらどうするのだと尋ねると、「蟲」はこう言ったのであった。その時は唐辛子が及ばない男のふぐり(陰嚢)に逃げ込みますと。 翌朝夢から覚めた医者の元へ、疝気に苦しんでいる人から往診の依頼が入った。医者は夢で「蟲」から聞いたことを早速試めしたというのですか、まったくいい加減な医者もあったものです。疝気に苦しむ患者のお内儀に、旦那にそばの匂いをかがせながらその目の前でそばを食ベルようにと言う。疝気の蟲はそばのにおいにつられて旦那ののど元まで顔を出す。そばを食べているのがお内儀であることを知った蟲は旦那の口から飛び出して、そばを食べているお内儀の体内に飛び込んだ。たちまち苦しみ出すお内儀に、医者は唐辛子を食べろという。 入ってきた唐辛子に驚いた疝気の「蟲」は、一目散に腹を下って、安全な場所へ逃れようとする。しかし女性であるお内儀の体内に逃げ場を見つけられず、そこで噺家は疝気の「蟲」になりきって、首をひねったり、キョロキョロ見まわしたり…。「お後がよろしいようで」と噺家は退場する。 ふ~む、それでそばには七味唐辛子がつきものだったのか。これからは、ちょっと多めにかけようっと。 いったい落語にはそばが出て来る噺はいくつくらいあるのでしょうか。そばを極めるには、どうも落語にも精通しなければならないようです。 にほんブログ村 FC2ブログランキング 人気ブログランキング PINGOO! ノンジャンル お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年05月09日 20時06分59秒
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