カテゴリ:ひとり言
わが故郷富山県はその名のごとく山に富んだ県。3000m級の山々が連なる北アルプスからは、何本もの河川が富山湾に流れ込み、富山平野に扇状地を形成しています。 黒部川扇状地は富山平野の東側に位置しますが、中央部には神通川、西部には庄川がいづれも大きな扇状地を形成しています。 特に県西部の山間に開けた都市・砺波市は、この庄川が作った扇状地にある「散居村」と呼ばれる集落で有名です。 昔より人々は水利の良いこの扇状地に田んぼを開き、そのすぐ脇に屋敷を建てて、その周りをカイニョウとよばれる防風林で囲んだ家々が、「散居村」を形成しています。その集落の家の数は7000戸と言いますから、その眺めたやるや壮絶の一語に尽きます。 私はその砺波市より南(平野部)に位置する高岡市に住んでいますが、高岡市まで来るとさすがに扇状地も開ききっていますから、散居村の風景は見られませんね。 この散居村に家を構えている友人の、散居村ならではのこんな話をご紹介しておきましょう。皆さん町内の回覧板はどうなさっていますか? ・・・どうするって、回覧板は読んで字のごとく回覧するから回覧板。左隣から来た回覧板は右隣へ持っていくものでしょ。ちょっと草履を引っ掛け隣まで、ということになるのですが、散居村の集落では、隣に行くまでが大変。車で回覧板を届けに行くというのです。 昨今ではどこの地方都市でも若者の人口が減り、家を守るのは70歳・80歳代のお年寄りが多くなりました。友人のご近所は、いづれも老人のひとり暮らしの家ばかりなので、次の家までまた回覧板を持って回わらなければならない。3軒目でようやく回覧板を置いて家に戻って来るまで小一時間も掛かるのだと。 すごいでしょ、散居村って。(笑! しかし、都会ではマンションの隣に住む人の名前どころか顔さえ知らないというのが当たり前だそうですから、隣(といっても車で5分かかる)のばあちゃん、そのまた隣(車で10分)のじいちゃんの顔を見て、少しばかり世間話をしながら安否を確認しているのだというわが友人は、素晴らしいではありませんか。 散居村って、風景だけではなく、そこに住む人も人情味あふれる素晴らしい人たちばかりだということおわかりいただけたでしょうか。 ・・・どうです。貴方も散居村に住んでみられてはいかがか? 「酒とそばと」幻冬舎から好評発売中この度幻冬舎さんのご協力を得て、拙著『「酒」と「そば」と』を出版しました。このブログの酒とそばについて書いたものを加筆修正したものです。肩肘張らずに気軽にお読みいただけるエッセイ集です。 まず「はじめに」から、書店での立ち読み気分をお味わいください。 はじめに 小粋な蕎麦屋に入って、いきなり「天婦羅そばを一つ」なんて注文するのは、いただけませんな。まあ、うどん屋に入ったわけじゃないのだから、蕎麦屋に入ってそばを注文して何が悪いということになるのでしょうけれど。しかし、もしあなたが「そば通」と呼ばれたいのなら、そして真の「酒飲み」と呼ばれたいのなら、カウンターに座ってまずは厨房からこちらの様子を眼光鋭くうかがういかにも頑固そうな店主の視線を浴びながらも、店の雰囲気をしばし味わうようなそぶりを見せてから、おもむろにこのように言ってみたいもの。 「酒を一本つけてください。熱燗がいいでしょう」 そんな古き良き時代の蕎麦屋の流儀なるものについて書かれた本を、書店で目にしたことがありました。私がまだ高校に上がったばかりのころだったでしょうか。 ほぉ~、蕎麦屋とは、まず酒を飲むところだというのか。俺もやがて蕎麦屋へ入ることがあったら、そんなセリフを吐いてみたいものだと思ったものでした。 ・・・あれから五十年、何の因果か製麺業を営むことになった私は、その蕎麦屋へそばを納めに行っては、「毎度ありがとうございます。今日から新そばで打ってあります」などと言うことはあっても、「酒を一本つけてください。熱燗がいいでしょう」などと言ったためしが久しくなかったことに今さらながら気づき、失望に打ちひしがれています。 日々仕事に追われながらも、いつかきっとそんな至高の悦楽を味わうことができる日の来ることを夢見て、「酒」と「そば」のうんちくを秘かに温めていると、驚いたことにこれはこれで楽しいではありませんか。 そのささやかな楽しみの一端を披露して、世の酒好き、そば好きといわれる皆さんと喜びを分かち合うことができれば幸せと、ペンを執った次第です。 「酒」と「そば」、二編に分けてご紹介していきましょう。 まずは「酒」編より、人は何故酒を飲むのでしょうか? 第一部「酒」編 「過ぎたるは及ばざるがごとし」 古来より「酒は百薬の長」といいます。実にいい響きを持ったことばですな。私は常々この心地良い響きを妻に言って聞かせるのですが、妻は私にこう言うではありませんか。 「あら、そういうものですか。では『過ぎたるはなお及ばざるがごとし』って、どのように響きになって?」と。 このほど世界保健機関(WHO)が発表したところによると、2016年に世界で死亡した人のうち約三百万人が、飲酒関連が原因と考えられるということです。「酒は百薬の長」とも語り継がれているのに、これほど多くの人が、飲酒が原因で命を落としているということは、これはやはり飲み過ぎたから、ということになるのでしょうか。 大雑把な計算になりますが、世界の人口を約七十億として、アルコールを摂取する人の数を約半数と考えれば、35億。 3,000,000 ÷ 3,500,000,000 = 0.086% という計算になりますから、なんだ、酒飲みの千人のうちの一人以下じゃないかと胸を撫で下ろした愛飲家の方、多いのではないでしょうか? しかしながら、どうしても気になるのは、どれだけ飲めば「過ぎたる組」になるのかということ。WHOの定義によれば、大量機会飲酒とは純アルコール換算で60グラム以上の飲酒機会を30日に一回以上持つことと書いてあります。そこで早速調べてみました。エチルアルコールの密度は、0.789g/ml ですから、 60 ÷ 0.789 = 76 ml、ビールのアルコール度数は、概ね5%と考えれば、 76 ÷ 5% = 1,520mlビール大瓶(633ml)二本半という計算になります。同様に清酒のアルコール度数を15%として計算すると、2.8合。 すなわちビールなら三本、清酒なら三合をひと月に一回でも飲む機会があれば、WHOは大量機会飲酒と定めているということになります。 確かにわが国はWHOに加盟しているかもしれないが、私個人はWHOになど加盟していないと主張する人もいるでしょう。見上げた心意気と拍手喝采を送りたいところではありますが、清酒三合以上を飲んだ翌朝のことを常々経験している者からすれば、やはりそうであったかとうなだれるしかありませんね。 あなたはうなだれる口ですか、それとも清酒三合ぐらいではうなだれませんと豪語する口ですか? う~む、古来より語り継がれてきたことわざ「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」とは、なるほど深い含蓄のあることばだと認めざるを得ません。 飲ん兵衛な製麺会社社長が綴る、クスっと笑える蘊蓄(うんちく)が満載。 酒の文化や歴史、あらゆる種類の「○○そば」の由来、偉人の逸話に至るまで。 世の酒好きとそば好きに贈ります。日本人たるもの、これを知らなきゃはじまらない。 ぜひご一読いただければ幸いに存じます。 にほんブログ村 FC2ブログランキング 人気ブログランキング PINGOO! ノンジャンル お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年05月21日 13時58分34秒
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