ヒヨドリをよろしく 【七】 ボロボロ母さん
ヒヨドリ親子と野良猫親子 やがて私たちは、一方の親鳥の羽がボロボロなのに気がつきました。特に尾羽ときたら、かろうじて残っているという感じで、それも片側によっているのです。 ボロボロ母さんのほんとうのシルエット換羽期というのは個体差があってまちまちにしても、よりによって子育ての時に、それだけでも体力を消耗する換羽の時を重ねるなんてことがあるのだろうか、と疑問をいだきました。ヒヨドリのオス・メスの区別はつけにくく、はっきりした決め手は何もないのですが、どうもボロボロのほうが母親のような気がします。本で調べてみると、メスは数個の卵を産み、それを二週間抱き、そして卵がかえってからは、パートナーといっしょにせっせと子育てに励む、とあります。そこには書いてなかったけれど、その間の天敵から卵や雛を守る苦労のほうも並大抵ではなさそうです。いま目の当たりにしているヒヨドリのボロボロさかげんが、いかにもメスのそんな苦労をよく物語っているような気がするのでした。日がたつにつれてそれはいつしか確信に変わっていき、ボロボロの方を話題にするときはごく自然に、「母さん」あるいは「おっかさん」、そしてときには「ママ」などというようになっていました。もう一方の親鳥の尾羽は、バランスよくそろっていました。全体に体が一回り大きく見えます。おそらくこれがオス、つまり雛たちの父親だろうと思いました。そのうち、巣の縁にとまって遊ぶやんちゃなのが出てきました。成長したヒヨドリの特徴のひとつは長い尾羽ですが、ヒナたちの尻に、それはまだ数ミリ程度、あるかなしの長さです。胸元は灰色のふわふわの産毛に包まれ、まるで小さなぬいぐるみのよう。まだとても空を飛べそうもありません。落ちそうなほど危なっかしい場面が何度もくりかえされます。落ちないまでも、あんなところを猫に狙われでもしたら...、ととてもハラハラ、ヒヤヒヤさせられるのでした。我が家の裏で、私がエサを与えている野良猫親子の存在がひどく気になりだしました。親猫だけでなく、子猫にだって油断はできないのです。ある話を思い出して、よけいそう思うのでした。それは、猫好きの妹から聞いた話です。ここでまたまた寄り道―。あるとき、タスケテェ、タスケテェといわんばかりにミャーミャー鳴き声がするので、妹が庭に出てみると、立ち木の上のほうで子猫がふるえている。調子にのってどんどん登ったものの、高みにいきすぎて、降りるに降りられなくなってしまったらしい。はてどうしたものか,と手をこまねいていると、その子猫の兄さんにあたる猫がどこからともなくあらわれて、弟猫のところへすばやく登っていくではないか。そして、ミテテゴラン、コウヤッテオリルンダヨという風に、隣の立ちの少し低めのところに飛び移り、また子猫がいる木のさらに低めのところに飛び移り、という具合にジグザグに降りて見せたのだという。さらに驚いたことに、弟猫は、おそるおそるながらもその兄さん猫の手本を真似ておりはじめ、ついに地面に無事たどり着いたという。この話をきいたときには、もちろん感心するばかりだったのに、ヒヨドリの雛を目の前にすると同じ話が、子猫だって木登りするんだ、という怖い話に反転してしまうのでした。いや、だいじょうぶ。彼らに雛を狙うつもりがあれば、もうとっくに餌食にしていたはずだ。なんとかそう思おうとしました。野良猫の親子にも情が移ってしまっていたので、かれらを悪者扱いにはしたくなかったのです。しかし、あっちにゆれこっちにゆれ、さんざん悩んだ末、ヒヨドリのボロボロ母さんのために、結局は心を鬼にすることにしました。家の裏手に野良猫親子の餌をおくのを中断することにしたのです。それだけではありませんでした。我が家の敷地に一歩でも入ろうものなら、私たちは、足を大げさに踏み鳴らし、しっしっと追い払うことにしたのです。野良猫親子は逃げる途中、たいてい立ち止まってこちらを振り返ります。そのたびに悲しそうな目が、「ヤッパリ、ニンゲンナンテ、キマグレデ、シンジラレナイ」とうったえているようで、こちらもつらくなるのでした。雛たちが無事に巣立つまでのわずかな間だけだから、と彼らに、というより自分たち自身に言い聞かせ言い聞かせしつつ、心を鬼にしつづけるしかないのでした。 ところが、ほどなくして、猫ではなく、まったく予想すらしなかったものが、ヒヨドリ一家を襲ったのです。