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カテゴリ:カリフォルニア便り
東の通りをしばらく行ったあと、右手の坂道を登りました。
最初に見えてきたのはOriginal Amador Mine、またの名をLittle Amadorと言って、Amador Cityの最初の水晶鉱山です。1870年に操業を開始し、1937年に閉山しました。 今もフェンス越しに、スタンプミル等の施設の残骸をのぞむことができます。 さらに坂を登ると、旧Amador Schoolの校舎にたどり着きます。 ピーク時には150名の生徒数を数えたこの学校も1909年に廃校となり、以来、町のコミュニティホールとして建物は使用されています。 旧校舎の南側にあった共同墓地の一部です。1800年代の没年を刻んだ墓碑がいくつか見られました。周囲は住宅地で、生者も死者も、ともに町の歴史を生き続けているように感じられました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年06月01日 11時59分27秒
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