8月26日に病院からお花が届きました。
白いお花がメインのフラワーアレンジメントにはこんなメッセージ。
「赤☆くん 本当のお星様になって ご家族を見守っていてください」
地蔵盆のお昼頃に赤星君は虹の橋へ旅立ってしまいました。
水も口にしなくなったその一日後に。
赤星君は最期まで頑張りました。
前日には黄疸がでており、獣医さんに「赤さんだから気力でもっているんです」と言われた程。
この日は奇しくも私の休日。
翌日からは仕事なので病院で預かって下さいとお願いしていたのです。
私が地蔵盆から帰ってきて、入れ替わるように相方が出かけた
朝7時過ぎから苦しみだしました。
暴れる→横たわる。その波が5時間ほど続きました。
苦しかったのでしょう、暴れて暴れて。
最期は壁に何度も体をぶつける赤星君を抑えようとした
私の腕の中で大きく息を3回つき、息を引き取りました。
偶然とはいえ私の腕の中で旅立ってくれたのがせめてもの救いです。
先生がお盆と21日に宣告された「もって今月一杯」の言葉と
お友達の「赤星君の頭、たくさん撫でて、たくさん話しかけてやって下さい。」の言葉で
私達は覚悟が出来、そして赤星君に色んな思いを伝えられたと思っています。
赤星君はお骨になってうちへ帰ってきました。お骨になっても愛しさは変わりありません。
毎日「ずっとうちの子だよ、早く帰っておいで、夢でも会いに来てね」と話しかけています。
相方のコートを引っ張った赤星君。相方と縁があったと思うのですが
私は顔も写っていない赤星君のまぁるい後頭部に魅せられました。
以前にも書きましたが公園で撮った正面からの写真を見て
猫生の残りをうちで過ごさせてやりたいと思うほど。
赤星君は本当に良い子でした。最期まで自力でトイレに行こうと頑張って頑張って。
ブログでも皆に可愛がってもらえて赤星君は幸せだったと思います。
病院の方々にもとても良くして頂きどれだけ助けられたかわかりません。
獣医さんに無理を言って領収書に使われていた赤星君の写真をもらいました。
その写真を赤星君のお骨の横に飾っています。
獣医さんに言われた「いっぱい泣いてあげて下さい」の言葉どおり
アレンジメントが届いた瞬間声をあげて泣いてしまいました。
赤星君の四十九日までは一緒の部屋で寝るつもりです。
四十九日は10月10日。
庭の柊の下に赤星君を眠らせる日。
その頃には涼しくなっているのでしょうか。
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先日の記事にコメントやメールを下さった皆様、本当に有難うございました。
赤星君とは一年数ヶ月しか過ごすことができませんでしたが
ずっと長く一緒に過ごしたような気がします。
7月半ばから泣かなかった日は無いと言うほど泣いているのにまだ涙がでてきます。
色々書く事はあるのですがキーボードを打ってても画面が滲みます。
しばらく落ち着くには時間がかかりそうです。すみません・・・