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テーマ:子育て現在進行形(1980)
カテゴリ:オーラソーマ
子どもが産まれるまえ、祖母から言われたこと。
「持って産まれた個性、ってのがあるから、それを大事にしてあげなさい。 どんなにがんばっても、持って産まれたものは変えられないから」 むかーし学んだ心理学でも 「環境で変化する部分はほんの少し。」 ってあって、 その当時は「そんなこと絶対にない!」って思っていたので、なぜか妙に覚えていることだったりした。 100年近く生きているおばあちゃんの言うことは、一種の哲学であって、 耳を傾ける価値あり、って思っていたので、 「産まれ持った個性を大事にできる親になりたい」 と思ったもんだ、妊娠中。 一人目を出産し、「おっぱいが出ない」とか「大きくならない」とか 「アトピーがひどく、外出すると少なくとも3人から声をかけられる」とか ま、そんな悩みはあったにせよ、 良さとか魅力とかがとってもわかりやすい子だったので、 「ここは伸ばしてあげたいな」 「ここは親が注意してあげたいな」って思えることが沢山あった。 が、 二人目。 とにかく上のこと違うお方。 何を主張しているのかさっぱり通じない。 ひたすら泣き続け、「笑った写真」を探すのが一苦労、って感じの子。 珍しく笑っているから、なんて言われちゃうくらい。 はて。 この子の魅力はなに?良さは?才能は? うーん、わからないかも。 泣き続けられることで、こちらもイライラし始める。 泣く→母イライラ→ますます泣く→母もっとイライラ 最悪な悪循環です。 でもでも「持って産まれた良さ」が絶対にあるはず。 それを見つけるのが私の親としての責任。 ってなぜか責任感の強い私の正確がむくむくと顔を出す。 まずは自分の感情をコントロール。 イライラしてちゃ、冷静に客観的に物事を見られない。 思いつくあらゆる手段を用いて、自分を抑える。 本当にすこーしづつ、自分を抑えて、客観的に下のことの関係を見つめることができ始めたときに気がついたこと。 「彼と私は全く違う人間。彼がよし、と感じることを私がよしと感じないことが多い」 ってこと。 あらゆる手段、の中に オーラソーマがありました。 ボトルを選ぶことで見えてくる、自分と子ども。 そして、親子の関係性。 うすうす気がついていた 「子どもと私は全く違う考えの人間」がストン!と理解できました。 納得できたら、子どもの魅力が手に取るようにわかり、 どう子どもと接したらよいのか、ってこともわかるようになりました。 楽になった~。 子どもを見つめることで、自分自身を見つめる作業も同時に行い、 親子でいる以上、母である私のよさ、と子どもの良さ、 それぞれを理解しないと、苦しい育児になるよなあ、ってこともわかったり・・・。 まだまだ子育ては始まったばかりで、今後も色々模索していくんだと思いますが、 悩んだら、下の子を見失ったときのこと 「子どもの魅力はなに?」 「親である私のよさはなに?」 を思い出そうと思って毎日暮らしています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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