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カテゴリ:徒然
日中の猛暑も 日が暮れる頃には幾分和らぎ 高くなった空は 秋が近い事を教えてくれます
もう程なく、あちらこちらで紅葉の話題を聴く事になるでしょうね 夏が始まる前に ふと 目にして 心に残った文章を 今日はご紹介しますね
「芸術新潮」2月号 5P 【恋】 小池昌代/詩人 紅葉に目を奪われる心は、「恋」のようだな、と私は思う。 若い頃の恋は、動物的な発情だった。 歳を重ねると、恋の対象は、さまざまなものに拡大していく。 それにつれ、恋の中身が、淡く観念的になっていくかというと、そうでもなく、 その心は案外、激しいものである。 数年前の冬、代々木公園で、一本の異様な高木を見つけた。 赤や黄に色づく樹木が多い中、その木は見たこともないような、濃淡のあるピンク色に色づいていた。 異様な美しさはそれだけではなかった。 葉っぱの裏側が白いのだ。 風が吹くと、裏、表、裏、表、と葉が翻り、 その「白」に化かされているような気分になる。 木とその周りだけが、まだ誰かに(私に?)夢見られているような、 幽玄な雰囲気が漂っていた。 それで今年も、会いに来た。 季節は少し、遅かったようで、枝に残る葉っぱは少なかった。 木の下に入り、上を見上げた。 葉っぱのなかを、光が透過する。 そのとき、色づいた葉っぱの「色」が、葉っぱの「形」から分離して、 抽象的な命のエキスとなり、わたしの身体に、私の命に、 ダイレクトに染み込んできた感じがした。 「色」と交合する、なんてことある? でも、あるんだ。 紅葉を見ることは、見ることを通して、樹木と性的に交信することではないか。
私が恋した、その樹木の名は、 クルマミズキという名前であるらしい。 ―引用終わり―
銀行での待ち時間 コーナーに置いてあった本を手に取りました 目に留まったのは その真っ赤な表紙と 「源氏物語」―天皇になれなかった皇子のものがたり のタイトルでしたが、パラパラとページを繰っている時 見つけた文章です
この秋 私も クルマミズキに会いたい、と想いました お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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