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カテゴリ:日記
意味ありなので、長文です。m(_ _)m 中学3年生になった時志望校は、地元の高校の家政科でした。 『夢』は“大好きな子供と摂する事の出来る仕事が出来たらいいなぁ。。。” でも・・・勉強は嫌い。 最終決定となる寸前に、鹿児島にある私立の高校に『保育科』があると知って、“保母さんになりたい”と思って私立の高校の保育科を受験しました。(この時、担任を始めみんなすべり止めだと思っていました。) 私立の保育科へ合格した日、父が“本当に保母さんになりたいかぁ?保母さんになりたいのなら、お父さんも頑張るからお前も頑張りなさい”と賛成してくれた父。 家を離れて鹿児島へ行くと言う事で、反対な母と、母の気持ちを思って反対していた担任の先生。 担任の先生と口喧嘩をし・・・最終的には、担任の先生が母を説得して入学した保育科。 その私立の高校の保育科を卒業さえすれば、保母資格が貰えると思い込んでいた私。 入学すると・・・一般教科と別に専門教科。 長期の休み明けは、専門教科のみのテスト。(しかも普通、1教科の時間で2教科のテスト) 2年生の2学期がスタートすると・・・朝の小テストから始まり、小テストで一日を締め・・・赤点は、口頭による追試試験。 3年生になると、他の科よりも1カ月早く1学期が終わり通学生も寮生も全員、保母資格を取得する為の国家試験へ向けての学校へ泊まり込んだ強化合宿。 この時の睡眠時間は、4時間。(勉強嫌いな私は、教室の椅子を並べてそこへ横になって、暗記していたはずなのに気がついたら朝と言う事ばかり) 国家試験の日。 1日目の1教科は、B4の縦用紙に問題が4問のみ。 答案の欄が広く、そこへ論文を書き込まないといけませんでした。 “ひねった問題もあるからね~”と言う言葉が頭に残っていて、“ひねられた問題だぁ”と思いながら、論文を書き・・・終わって廊下へ出てから、 “あっ!!ひねられた問題ではなかったぁ!!”と言う事に気づき、悔しくって泣きました。 国家試験が終わった時、13教科のうち4教科、落ちたと思い込んでいました。 発表の日・・・担任の先生から貰った一覧表には・・・が1つ。 “悔しいやら・・・何でが1個しかないの”とまた号泣。(やはり初日の1教科が落ちていました。) 担任や、各教科の担当へ挨拶周りをした時に・・・ “1教科落ちました。ありがとうございました。”と言うと・・・ “1教科だけ落ちたなんて、あなたの成績では凄い事よ。頑張ったわね~”と言う先生達ばかり。 はい、私、勉強嫌いでした。 この国家試験の結果は、たくさん受けた口頭による追試のおかげのはずです。 短大では、単位さえ取れば卒業するさいに保母資格と幼稚園教諭の資格が貰えます。 でも・・・“高校で勉強した意味がないから”と父からの言葉で、落としていた1教科は再チャレンジしました。 5年間、勉強してやっと『夢』のかなった保育士。 保育士になって5年目になった時、『夢』が保育士から“自分の子供の子育てがしたい”と思うようになりました。 でも・・・大好きだった人(5年間の付き合いがありました。)は違う人と婚約し、手遅れ。 立ち直った頃に、乳がんを発見 四捨五入すると40歳だけど・・・“自分の子供の子育てがしたい”と言う『夢』はまだまだ、あきらめませんよ~!! お金がかからなくても、なかなか叶える事の出来ない『夢』。 お金で叶ってしまう『夢』。 『夢』を諦めるのは簡単です。 でも・・・『夢』を叶える事の出来た時の喜びは、簡単に味わう事が出来ません。 『夢』を叶える為に、頑張っている人達はたくさんいます。 高校時代の強化合宿の打ち上げの日。 グランドで、みんなで手をつないで大きな輪を作り大きな声で歌った岡村孝子さんの 1.乾いた空に続く坂道 うしろ姿が小さくなる 優しい言葉探せないまま 冷えたその手を振り続けた いつかは皆旅立つ それぞれの道を歩んで行く あなたの夢をあきらめないで 強く生きる瞳が好きだわ 負けないように悔やまぬように あなたらしく輝いてね 2.苦しいことにつまづく時も きっと上手に乗り越えて行ける 心配なんて ずっとしないで 似てる誰を愛せるから 切なくなる痛みは 繰り返すたびに薄れていく あなたの夢をあきらめないで 強く生きる瞳が好きだわ あなたが選ぶ全てのものを 遠くにいて信じている あなたの夢をあきらめないで 遠くにいて信じている
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