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テーマ:国際恋愛(198)
カテゴリ:日本でのこと
皆さん、お久し振りです。
帰ってきてからずっと忙しくしていた為、なかなかパソコンに向かう時間もなく、自分の日記の更新どころか、皆さんの日記にも遊びにいけませんでした・・・すみません ですから、今日はまとめて日記に書こうと思います。 6月6日 この日は、私の大好きな映画「オーメン」の上映日でしたが、私は、映画館へではなく、東京の在日米国大使館へ、ビザの更新へ行ってきました。前回初めてビザを申請しに行った時に、炎天下の中で何時間も待たされた記憶があったので、今回は朝一番の新幹線で行ってきました。そしたら以外や以外、今回はそんなに込んでいなくて、11時15分に面接の予約をしていたのに、10時には面接も全て終了してしまいました。 と、いうことで、東京へ引っ越したばかりの友達のくみちゃんにすぐに連絡して、新宿で会うことになりました。新宿でちょっとお茶をしながらおしゃべりしていたら、お昼の時間になったので(私の腹時計が・笑)、新宿中村屋レストランの、カレーバイキングを食べに行きました。 日本で初めてカレーを紹介したのは、何を隠そう、この中村屋!日本のカレーは中村屋が正真正銘の元祖なんです。 その中村屋のカレーバイキングですから、おいしくないわけがない! ¥1575/90分で、6種類のカレーと2種類のライス、ナン、サラダ、ピクルス、スープ、ジュースやお茶など数種類の飲み物、そして5種類のデザート、と豪華なバイキングでした。 私もくみちゃんも、おなか一杯食べてしまいました♪ 特にシーフードカレーと、スパイシーチキンカレーが本当においしかった! そのあと、高島屋の中をぶらぶらしたり、私のリクエストで紀伊国屋で本を見たりして、夕方になったので帰りました。 それにしても、元々田舎育ちの私。いくら大学は東京だったからといっても、人込みにはやっぱり慣れず、家に着いたらどっと疲れが出てしまいました。 やっぱり私には田舎ののんびりした空気があうなぁ・・・ 6月9日 この日は、亡き祖母の四十九日法要でした。 そう、私の祖母は私がアメリカに居る間に天寿を全うしたのでした。 私はそのことを全く知らされていなくて、帰国した夜に事実を知らされ、目の前が真っ暗になりました。 すぐに祖母の部屋へ行き、変わり果てた祖母の姿を見て泣きました・・・ 両親は、テスト中だった私を気遣い、6月に帰国する事はすでに決まっていた事なので、それまでは私に知らせない、ということを決めたのだそうです。 私には、どうしても、このことが納得いきませんでした。 私は、どんな事でも、家族なのだから知らせて欲しかった・・・ 9日はその祖母の四十九日の法要と納骨でした。 不幸中の幸いとでも言うのか、本当の最後の最後のお別れには間に合う事が出来ました。 私は法要まで、どうしても自分の心の整理がつきませんでした。祖母は94歳でした。 痴呆はあったものの、身体は丈夫で元気でした。 しかし、両親曰く、今年に入ってから、固形物を食べる事が難しくなって来て、はじめは家で、牛乳やスープなどを飲んでいたそうですが、ついに腸閉塞になってしまい、緊急入院して治療を受けたところ、良くなったと思ったら、入院して4日目の深夜、祖母より先に黄泉の国へ行った祖父が、祖母を迎えにあがったそうです。 祖母は、かなり個性の強い、わがままな人でしたが、一緒に済んでいた私と弟をとても可愛がってくれて、よく遊んでくれたり、お菓子をくれたりしました。 私と弟が成長してからも、なんだかんだと世話を焼こうとしました。 小さい時、よくお墓参りへ行くと、祖母に「お墓で走り回って怪我をすると、その怪我は死ぬまで治らないんだよ!」と脅かされたものでした。 法要でご住職が経典を読んでいる間、いろんな思い出が脳裏に浮かびました。 でも、そのお陰で、やっと自分の心も整理がつきました。 と、こんな一週間でした。 もちろん、この1週間、欠かさずダーリンにも電話していました。 自分の気持ちが整理できず、涙声でダーリンに電話したこともありました。 でも、黙って聞いていてくれました。 そうそう、ダーリンの毎日の食事は冷凍ピザやTACO BELL、マックやその他ファーストフードだそうです。 お料理できる人なのに、何で作らないかな~ 私が帰る頃には栄養失調気味になってたりして!! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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