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テーマ:ぶらり見て歩き(684)
カテゴリ:ぼちぼち歳時記
←木漏れ日に埋もれて見過ごしてしまいがちですが…
名古屋の賑やかな街に出るときによくこの公園を自転車で横切ります。 周りは私立の中学・高校が並び、新しく立て替えた公務員住宅もそびえる閑静な住宅地です。 でも、すました感じは無く通りは下町的な感じの昭和的な町並みです。 しかし、最近はJR官舎跡地にちょっとリッチなお店の並ぶ○○ガーデンという高級な高層住 宅ビルもできてきて、少しずつ変わっていく様子です。 千種公園は太平洋戦争には旧日本軍の陸軍造兵廠千種機器製作所があり、昭和20年の3月の 名古屋空襲では69名の方が亡くなられました。 戦後、跡地には千種公園や東市民病院等が作られ、千種公園の南西に空襲の被害にあった造兵 廠の塀と犠牲者を弔う碑が建てられました。 何も知らずに千種公園を散歩していたら、この爆撃をうけた穴の空いた壁に出会って少なから ずショックを受けました。現在は四季折々の花が咲く素晴らしい公園ですが、62年前には想像 ができないような惨状となっていたのかと思うと手を合わせずにはいられません。 千種公園の近くの大曽根には戦前、三菱重工などもあり焼け野原となったと相方のお母さんか ら以前聞いたことがありました。当時、住んでいた名古屋の中心部は戦災にあい、逃れてきた この地域(当時は田舎)でもまた焼け出されたと聞きました。 現在はこの穴の空いた外塀のみがここで空襲があったことを語る唯一の証人となっています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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