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2024.08.28
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 ひや、と首を竦めながらも、咄嗟にユーノの体は反応した。

 雨が降り、夕闇の中で一つ一つ敵を誘い込み追い込む場所を確認し終わって、レスファート達のところへ戻ろうとした矢先、南門付近で響いた激しい叫びと怒号に振り向いた瞬間のことだった。

 抜き放った剣を構える前に体を引いたのは正しかった。首間近を掠めた切先、既に懐まで接近を許したと気づいて、体を捻りながら周囲を睥睨する。降り始めた雨の中、通りを前後から満たすようにじりじりと迫る集団、マントを羽織っていたのをそれぞれに脱ぎ捨てていく。奇襲を避けたユーノの挙動で、マントが邪魔になると判断した辺りが並ではない。

「…貴公らは何者か」

 呼び掛けたのはこちらの緩みを演出している。こんな状況で、まだ「何者か」を問うような神経では、さっきの動きは偶然だろうと思わせたかった。同時に薄暗闇の中、灯ひとつも掲げずに詰め寄る敵の情報が欲しかった。

「…」

 沈黙が返る。集団の長はいない様子だが、統制が取れている。誰一人、動揺を見せることもなければ、こちらの問いに応じる気配もない。騎乗しているのが8割、残りは徒士だが巧みに物陰へ身を潜めていく。緩まない。こちらが誰だか、十二分に知っていて、油断をしない。

 南門近くの騒乱は次第に静まりつつあった。鎮圧されたのではないだろう。地を響かせる振動は平原竜(タロ)のものに似ていた。ラズーン内側の準備は十分ではないのに、南門付近で戦闘があった。平原竜(タロ)が入り込んでいるのなら、答えは一つだ。

 「何者か」が南門を開け放ち、外で戦っていたジーフォ公の背後を強襲、挟撃された『鉄羽根』は必死に防戦で野戦部隊(シーガリオン)を引き連れ南門へ退避、外部から攻め込んでくる『運命(リマイン)』軍を防いだ。けれども、南門を開いた「何者か」も恐らくはラズーン内に戻っている。だから『鉄羽根』と野戦部隊(シーガリオン)は無闇に追撃せず、「何者か」の動きを伺っている。

 ここは既に戦場となった。

(レアナ姉様、レス…)

 駆け去っていった少女が脳裏を横切る。

 あそこにはイルファが居る、アシャも『氷の双宮』から戻ってくる。大丈夫だ。

 むしろ、こちらに少しでも「何者か」の戦力が裂かれれば重畳、多少でも削れれば時間が稼げ、まだ生き延びる道がある。

「一つ、わかった」

 ユーノは馬上で微笑んだ。

「貴公らは、私の敵だな」

 気合いも発語もなく、一斉に前後から徒士が駆け寄ってきた。我が身を踏み潰させても足止めをする策、命じた者は居ないだろうに剣を振り上げ大手を広げて駆け寄ってくる。声を出さないのは所在を明らかにしないため、では意外にこちらの勢力も南門内に戻って来れているのかも知れない。

 ならば。

「うぉあああああああ!」

 肚の底から大声を張り上げ、ユーノは自ら一番手前の群れに突っ込んだ。元より騎馬で駆け抜けられるとは思っていない。数人を蹴散らし、その死骸を蹴り付けて飛び上がってくる相手を見定め必死に薙ぎ払う。四方八方背後から押し包むように飛び掛かる敵の動きに、ふと奇妙なものを感じた。

(なぜ?)

 戦況は動いている。ここに集められた兵士は精鋭だ。『運命(リマイン)』を思わせる鋭くて重い剣捌き、一太刀で躱せる攻撃などなく、二度三度と切り結びながら、ようやく退ける。

(なぜ、これだけの兵を私一人に集めている?)

 ユーノに余裕など全くない。かろうじて切り抜けているが、それほど待つまでもなく馬を捨てなくては身動きできなくなるし、捨てた瞬間に雪崩れ込まれては、さすがに防ぎ切れないはずだ。なのに、その好機を待つこともなく、仲間の消耗さえ気にしない攻め方に違和感がある。

(まるで、私が誰だか知っているみたいだ)

 優れた剣士と見做しただけではなく、ユーノが『誰』だか知っているから、どれだけ兵を使い捨てようと、ここで始末をつけようとしている。

「っっ」

 その瞬間、身体中の毛が立つような怖気が過った。

 怖さではない、むしろ意外さの余り、けれど気づいてみれば、ユーノの死を願うこの粘着度合いはよくよく見知った男のものではないか。

「…カザディノ…?」

 一瞬の隙に振り上げた顔、呟いた声が聞こえたはずもないが、襲いかかる兵士の彼方、男達の中でただ一人まだマントを着ている男が、ゆっくりと頭の布を背後に払い落とすのが見えた。薄く笑っている顔は、カザディノと似ても似つかない、けれどもその笑みには他の誰とも区別できる下卑た昏い嘲りが満ちている。

「何……?」

 ユーノの脳裏に閃いたのは、『運命(リマイン)』に体を明け渡した相手との一戦、別人の顔をしたカザディノだと理解した途端、次々飛び込む兵に馬が囲まれ、飲み込まれそうになる。舌打ちしながら、手近の兵を切り捨て、その体を踏み台に、視察官(オペ)の剣を奮いながら、もう一度相手を見遣るが、そこにはもういない。

「く、そっ!」

 理由は分からない、方法も不明、ただ一つ、直感が告げるのは、誰よりもユーノを惨たらしく殺すことを願う男が、今ここに、しかも生来のぶよついた脂肪の塊のような体ではなく、一廉の剣士として迫っていると言うことだ。

(焦るな、不安に煽られるな)

 周囲を囲んでいた数人を切り倒し、わずかにできた時間と空間に、ユーノは呼吸を整えた。既に周囲は死体の山だ。なのにためらうことなく走ってくる兵達は虚ろで死んだ瞳をしている。下の方に積み重なっている体は溶け崩れ始めているのだろう、腐臭が周囲の空気を侵す。ふ、と小さく息を吐いた瞬間、四方から突き出された剣を払い、最後に目の前に突き出された剣先を受け止めた。

「久しぶりだな、ユーノ・セレディス」

「…ずいぶん、見栄えが良くなったじゃないか」

「今ならレアナに似合いだろう?」

 噛み合った剣の向こうで、相手はへらへらと嗤った。弾き返そうにも力が強い。蹴りを加えようとしても体勢が崩れた瞬間に、周囲から兵が飛び込んでくるだろう。今取り囲んで手を出さないのは、ユーノを殺すつもりなら、相手もろとも刻む気でないと難しいとわかっているからだ。そうして、この相手を切り刻む予定は、周囲の兵には、ない。

 好機だった。生きては戻れない襲撃に、僅かな綻びを生み出せるかも知れない。

「どんなイカサマ薬を使ったんだ」

「…我らは入れ替わることができるのだ」

 ひゅ、と相手の瞳が小さな点のように縮まった。ギシギシと剣を鳴らしながら、首を左右にゆっくり傾ける。人形のような、何か別の生き物のような、折れ曲がる場所ではない箇所で無理やり曲がっているような不気味な動きだ。

「感謝しろ、お前を屠るために、こんなところまでやってきたんだ」

「お前の体はどこにある」

「言わぬわ。安全な場所に、と言っておこう」

 くつくつ楽しげに笑う相手に、ユーノは思考を巡らせる。なるほど、『運命(リマイン)』は別の体に乗り移ることができる、その秘法の一つなのだろう。カザディノはユーノを自分の手で始末したくて、『運命(リマイン)』の体を使い戦場に出てきているが、自身の体は離れた場所で傷つかぬように保管されているのだろう。たとえこの体を倒したところで、カザディノは傷一つついていないと言うわけだ。

「見下げた奴だな」

 ユーノは吐き捨てた。

「少なくとも、他国の王は自分で軍を率いたぞ」

 剣の間からギチっと耳障りな音が響いた。

「勝利を得ればいいのだ」

 じりじりと押される。

「どんな手段を取ろうと、勝利を得れば正しいとされる。それが戦と言うものだ、女子どもには分からんだろうが」

 ぬらりと唐突に唇の間から灰色がかった暗紫色の舌がはみ出た。そのまま下唇を舐め、上唇へと回っていく。生臭い息が溢れ出す。

「お前にどれほど苦しめられたか……あの苦痛を、さてどれほどの痛みで…示せばいいのか……悩んでいるのだ」

 周囲の兵がゆっくりと囲みを狭めた。一重ではなく二重三重と囲みを増やす。

「今も多くの兵を失った……子飼いの兵を幾度となく屠られた……指を1本ずつ切り落とし、その度ごとに女として悦ばせてやるのはどうだ? 痛みと快楽を繋ぎ、もっと酷く扱って下さいと頼むように薬で馴染ませてやろうか? ああ、それとも…」

 力押しでのしかかってくる圧力は増すばかりだ。体を引けば突き出された剣の垣に串刺しになるだろう。膝を折って沈めば、そのまま押し切られて四肢を飛ばされ、今この場で蹂躙されるかも知れない。

 残る体力と気力、唯一無二の反撃を狙う。命を惜しむ一瞬があれば負ける。

 べろん、と舌が長々と口からはみ出て伸びた。先から唾液が滴り落ちる。

「今ここで、全てを晒すのはどうだ。薄汚く傷まみれの体を、手首足首押さえつけて衣服を弾きはぎ、もうやめてくれと懇願するのを聞きつつ、剣で刻みながら貫いてやろう、もちろんここにいる全員で、お前の相手をしてやろうとも」

 ふっと相手の瞳が呆けた。妄想が勝ったのか、勝利を確信したのか、あるいは故意に作った隙だったのか。それでもユーノには千載一遇、天啓が降り落ちた瞬間だった。

「…っは…?」

 圧を凌いでいた剣を離す。崩れ込む相手の腹に飛び込む。視界の端に捉えた斃れた兵の剣は二振り、片方は角度が悪くて掴みきれなかったが、もう片方は引き抜けた。相手の足首を力の限り薙ぎ払う。頭の上で絶叫が上がり崩れ込んでくる体を盾に、もう一振りを掴み直し、そのまま真上に突き上げる。咄嗟に飛びかかってきた兵が、主人はこれまでと見切ったのだろう、次々とユーノの上に覆い被さった体もろとも貫けと剣を振り下ろしてくる。

(それでも、ここなら)

 カザディノの体に匿われたまま、死ぬまでになお時間が稼げ、反撃ができる。

 死を覚悟してユーノが唇を歪めた瞬間、がしりと腕を掴まれた。

「っっ!」

「よくも…よくも」

 がぼがぼと血泡に溺れながら、のしかかる相手がユーノを覗き込んでいる。

「こんなことを……小賢しい……」

「っく」

 突き立てた剣はもう掴み直せず、新たな剣を得る手段はない。もぞもぞ動く主人の体に攻撃が一旦こやみになる。

「しかし愚かだ、私は死なない、こんなことは意味がないのだ、元の体に戻ればなんと言うこともない………」

 ユーノを除いた両方の瞳が大きくなったり小さくなったりを繰り返している。握られた腕の先は血の気が引いて痺れるほどだ。はみ出した舌をゆらゆらさせながら、笑みらしきものに唇を釣り上げてようとした相手の顔が、ふいに固まった。

「……戻れぬ………戻れない……なぜだ……戻れぬ……このままでは……死ぬ……シリオン……戻れると言ったのに……どういうことだ……どういうこと…………戻れ………」

 ぶわりと瞳が開いた。開いた目から黒々とした液体が滴り流れ落ち始める。腐臭が濃くなる、いつかの『運命(リマイン)』の死体のように、カザディノを名乗った男の体が蕩けていく。

(何が起こった?)

 顔を歪めながらユーノが考えた瞬間、

「ぎゃああああああ!!」

 周囲を圧する悲鳴と轟音がいきなり周囲を満たした。耳を抑え、地に伏せる。

「あ、つっ!」

 熱風が吹きつけた。頭の後ろを熱くて痛い風が吹き抜ける。覆い被さっていた体の圧迫感が幻のように消え失せ、周りに攻め寄っていた兵の気配も消える。

(この熱、この、炎……アシャ…?)

 背中を叩きつけるような熱が残るが、周囲に広がった静けさに体を起こし、ユーノは呆然とした。

「な…に……?」

 周囲のあちらこちらが燃えている。

「何……これ…は…」

 見回して息を呑む。

 先ほどまで囲んでいた兵は、下半身しか残っていなかった。しかも薄黒く焦げたような塊となって、腰から下が並んでいる。緩い風が吹いて、そのうち一体が揺れた。傾いで、隣の腰にぶつかり、がさっと音を立てて倒れ、粉々に崩れていく。

「何…だよ…これは……」

 零れた自分の声があまりにも頼りなくて、思わずユーノは口を手で覆い……視線を感じて目を上げた。

「………アシャ…」

「……」

 少し離れた場所に、アシャが立っている。

 無事かとも聞かず、微笑みもしない。

 静かにユーノを眺めた後、ゆっくりと背中を向ける。

「アシャ………アシャ!」

 張り上げた声では引き止められなかった。遠ざかろうとする相手を追おうとして、足に力が入らずに転がった。震えている、全身、この世ならぬ力を見せられ、しかもそれがどれほどの代償もなく放たれたと理解して。

(あのアシャを、葬る?)

 誰にそんなことができるのか。

「く、そおっっ!」

 力の抜けた足を殴った。傷つけられていた部分が新たに血を吐く。

「くそ、くそおおおおっ!」

 必死に力を取り戻そうと叩き続ける。

(アシャ、待って)

 視界がぼやけた。

(一人で行っちゃ駄目だ)

 振り仰ぐ。どんどん小さくなる後ろ姿、炎が舞い飛ぶ中に消えそうだ。

「アシャあああああああ!!!」

 天を仰いで呼んだ。

「置いてくなああああ!!!」

****************

今までの話はこちら

2060000ヒット、ありがとうございました!(ぜいぜい)
とは言え、もう次が迫っております。
今回のだって、2分割にして2070000ヒットに回せばよかったのにという声も聞こえるんですが、そもそも書かない自分を追い込もうとしてのヒット連載なので、書けたら上げなきゃでしょうと言い聞かせております。
(4)(5)となっているのは、他のサイトでは二分割してあげたからです。
もしこの長さは辛いよと言うことでしたら、こちらでも二分割しますね。

アシャがブチ切れちゃいました。あらあら。歯止め効かない様子です。あらあらあら。どうするんでしょう。
頑張ります。

 





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Last updated  2024.08.28 20:07:56
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