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2023.04.11
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 書く意欲を失い気力を失い、けれど発表する手段は失うことなく日々が過ぎる。いや、捨てようと思えば、手段だっていつでも手放せる。止めてしまえばいい、きっと過去の栄光にすがっているだけだ、美しい記憶に誤魔化されているだけだ、神さまの甘言に乗ってしまい、今更の後悔に気づきたくないだけだ。

 未練がましい、忸怩たる思いを抱えながら、鮮やかに活躍する書き手達を眺める。羨望だと認めれば道が開けるのかと思う自分、書き手であることに時間と努力を費やさなかったから当然と思い切れない自分が情けない。

 相変わらず、それで生活を支えられるような、多くの人に求められるような、業界に認められるような、名だたる賞を受けるような、そんな作家ではないままに、日々の生活を支える仕事の合間に、時間を削り、体を削り、心を削り、時に大切な繋がりさえ失って、書き続けている。世界から反応はなく、時に訪れる読者に感謝しつつも願いに応じることなく、ただただひたすらに、自分が望む方向へ、自分が求める文章で、時に自分にさえ理解できない道筋を歩む物語に付き添い続けている。

 けれどそのうち、不思議な感覚が宿るようになった。

 誰が褒めるのでもなく、どこで認められるのでもないが、書き上げていく物語、その書いている最中にはよくわからないのに、日を置いて読み返してみると、なるほどまさに十二分に良いと思えることがある。

 正しい、と言うか。

 この物語は、このことばで、この展開で、この流れで語られるのが、一番「正しい」。

 自分が書いたものなのに、まるで誰かが書き上げた完成した物語を読むような納得と驚き。

 なるほど、ここのこれは、このように繋がるものだったのか。このことばは、過去に描いたあれを生かし、なおかつこのように物語の中心に届くものであったのか。

 思い返してみれば、この感覚は書き始めの頃に、迷いなく筆を運んだ時と似ている。あの時は物語の先が見え、選ぶべき道筋が見え、そうして最後まで書き手である自分が読み手である自分を導き切ることに満足した。しかし今は、書き手である自分は読み手をどう導くべきかわからないまま書き、読み手である自分はどこからこの表現が降り落ちてきたのか訝りながら読んでいる。

 でも、ああ、いや、そうか。

 まさに、この文章を綴りながら、理解がようやく届く。

 私は、私が今まで読んだことのない物語を書くために、書いているのか。

 目まぐるしく思考が反論する。

 しかし、それは何と無謀な。

 この数十年で目にし耳にした物語の数は数万を超えるだろう。いや、あらすじや1話だけのもの、1シーンだけのものも入れるなら、十数万に及ぶのではないか。

 けれどしかし、それらに何一つ被らない物語を書いた時、初めてあの感覚が起こるのではないか。

 書いた覚えのない、読んだ覚えのない、よくわからない、物語。

 いやいやひょっとして私は、誰も読んだことのない物語を書きたいと望んでいるのではないか。

 驚きと、納得。

 私は書くことで何を得ようとしているのだろう。

 答えは明瞭だ。

 未知。

 全く、知らぬ、何か。

 そんな無茶な。

 立ち止まった瞬間、ふいに足元を掬われて、派手に転んでしまった。転んで手を突く、その下に、何だろう、紅の布が敷かれている。体の下からまっすぐ前へ、遠く遠く、はるかな彼方へ、一筋の布が伸びている。

 その布の端を、あの神が、しっかり握って立っている。にこにこ笑いながら、慣れた口調で話しかけて来る。

「ほら、転んだやろ。お前さんの限界は、今、そこや。おいで、おいで。立たんでもええ。赤ん坊のように、這いずってもええで。なあに、わしのところまでは、だいぶある。来る頃には立てるやろ。立つことが大事なんやない。ここの道を、ここまで来ることが大事なんや。それでもお前は安楽や、道の上には辿り着けた。道さえ見つからんのはもっと辛い。そやけど、どうや、緋毛氈やで。何と鮮やかなもんやないか」

 私には『物書きの神』が憑いている。

 この神は実に『いい』性格をされている。

 ひたすら歩めと唆される、今日も、明日も、その先も。

 見知らぬものが、その先にあると。

 ので、苦笑いしつつ、立ち上がる。

 道の長さを、喜ぼうと思う。

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Last updated  2023.04.11 08:16:45
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