ついに我が家の電子レンジが壊れた。
1996年製のものでちょうど20年目で動かなくなった。
これは我が家を新築する2年前に買ったばかりでその頃はまだ子供が小学生だったので、それはもう大活躍だった。
温め以外の使い方を知らなかった当時の私はこれに付いてきた料理本を見ながら子供のためにクッキー、ロールケーキやスポンジケーキにも挑戦した。
何もわからない私が、バニラエッセンスの香りに酔いしれて、電動の攪拌機で生クリームを泡立てたり、そのために計りもボウルもヘラもいろいろ購入したのだった。
茶わん蒸し、グラタン、冷凍食品の温め・・・
それがだ、だんだん電源が上手く入らなくなって、コードを抜かして挿し直しては使える事にホッとして、だましだまし使ってきた。
だんだん電源の接触が悪くなって、ついに動かなくなったのはここ3日くらい前の夜。
さすがに焦った。
なんたって、これにたよっておかずを温めてきたから。
それに毎朝の次男のお弁当のおかずは前の日の残りと冷凍食品がほとんど。
特にたこ焼きはこれでチンして入れるということが多かった。
そこで壊れた日に、次男に「新しい電子レンジを買うからお前も半分お金出して」って言ったら「うん」ということで買うつもりでいた。
そして次の日の朝の次男の冷凍たこ焼きはしかたなく油で揚げて入れた。
これはこれでカリッとして朝つまみ食いしたらすごくおいしかった。
しかし、その後、ふと頭にひらめいた。
“あ!、昔この次男に買ってやったやつが家に在庫ある“って!
というのは、我が家の次男は過去に県外の専門学校に行ったのだが、その時自炊するというのでいろんな電化製品を向こうのホームセンターで買ってやったのだ。
ところが、いろんなことがあって、本人は中退をすることになって家に戻ってきた。
そういうわけで不要な電化製品として、空いていた二階の和室を倉庫代わりにしてそれをしまったままにしていて忘れていたのだった。
これだ!
前の電子レンジよりは性能は落ちるけど、
生活するのには困らない。
しばらくこれで行こう!
ああよかった!
さて、私は今年になって
パソコンのNPOの仕事を3月末で辞めたわけだが、不思議なことがあった。
これは「ガングリオン」という腫瘍で、今年の1月17日の状態。
以前のブログに書いたので大きさの変化などがわかってもらえるが、こんなに大きかった。
http://plaza.rakuten.co.jp/seresutaito/diary/201601170000/
2015年11月9日、ガングリオンの穿刺に行き、
中の液体を抜いたが、それ以来病院には全く行ってない。
行ってもすぐに大きくなるのでほおっておいたら
一体どうなるのかテストしてみたのだった。
そしたら、ほらそれがだ、
今現在の4月14日で下の写真のような状態にまで自然消滅したのだ。
つまり、嫌なところと縁を切ったら
私の中から悪魔が抜けたということだ。
「病は気から」と言うが、
私の場合は心の病がこうして体にしっかり反映することが証明された。
昨日はおかあさんコーラスの練習日だった。
今わが団体は、5月の市内の春のフェスティバルと6月の宮城県で開催される東北大会で歌う二曲の猛練習中。
この東北大会はおかあさんコーラス連盟に入ってる団体なら毎年自由参加なのだが、県内で5団体参加の場合は3団体が全国大会に選ばれる。
今年は我が県では4団体参加なので、2団体しか全国大会に選ばれないのだが、今年の全国大会の開催地がわが地元の青森県なので開催県の枠が一つ増えて3団体が全国大会に選ばれることになっている。
わが団体の今年の歌は津軽の「高木恭造」作詞と「野坂徹夫」作曲による「まるめろ」でその中の「冬の月」という曲と「野火」という曲だ。
この曲は12年前にも定期演奏会で演奏したことがあり、津軽情緒が豊かなセリフの掛け合いや、太鼓や拍子木、ソロなどが入って他の団体にない個性が演出できるものと思うので、14年前に東京の全国大会に行って以来なかなか全国大会に行けずにいた我々の勝負処だ。
地元の青森で全国大会が開催されてしかも津軽弁の曲で取れたら・・・っていう夢があるのである。
しかし、昨日も拍子木のリズムが狂ったり、パートのセリフの掛け合いのずれがあったり、なかなかスパッと決まらず苦笑しながら皆エネルギッシュに頑張っているところだ。
そんな昨日、以前ブログにも書いたことがあるメンバーの中の認知症のTさんと廊下ですれ違い、びっくりして心臓が止まるかと思った。
「○○ちゃん」と声をかけても彼女は視線をまっすぐに無表情でトイレに入っていき、皆に教えたらびっくりしていた。
彼女は2年ほど前に認知症が分かった頃でも、旦那さんの送り迎えで早退しながらずっとおかしな様子で通ってたのだが、だんだん椅子だけ並べに来てすぐ帰るので会費を3,500円のところを1,000円のみいただいていた。
でも、昨年の暮れあたりから来なくなり、今年になって入院したとのことで、会費はいただかなくなり、退会扱いとなっていた。
ただコーラスの衣装を寄付で買い取るとがだいたいの恒例で、会の貸し出しのネックレスやイヤリングなども返していただくことになっていた。
そのために昨日彼女が来たのだとわかった。
彼女は「5,000円頂戴!」と言ったと代表が言った。
彼女の衣装は結構古いので買い取り額がそれで妥当かどうかは不明だが、あまりにもしっかりと金額を言った彼女にメンバー皆ほのぼのとして笑った。
認知症とわかるまで、彼女に翻弄された日々(失禁、暴言・・・)があったが、私が過去にわけあってコーラスをやめてた6年間の間、彼女は私によく電話をくれ、演奏会のチケットをくれ、食事やお茶をしたものだった。
そして彼女のやや強引な勧誘により私は今こうしてコーラスに復帰しているわけだ。
しかし、復帰して知った彼女の異常。
神経質で我の強かったが、あの健康で明るかった彼女はいつのまにかどこかで壊れていたことに誰も気づいていなかったのだった。
彼女の旦那さんの話によると食品はいつも同じ物を買ってきてしまうとか。
でも、おしゃれやお金に関しては今でもきちんとしてるのだそうだ。
彼女は昨日身だしなみがいつもになくきちんとしていた。
昔の彼女のようだった。
旦那さんが「あれは俺が買ってやったんだ」と言ったという。
男の人が女の人の洋服をそろえてあげるのは結構大変なはず。
多分「こいつに似合いそうなものを適当に選んでやってくれ」とお店の女性に旦那さんが頼んだのだろうかな・・・
とにもかくにも彼女のコーラス人生は終わった。
彼女はよく言っていた。
「私はいろいろ大変な時コーラスやってて本当によかったと思ってる」と。
そのことばが今の私にも当てはまる。
パソコンをやめても空虚でなく、家で揉め事があっても歌を歌ってるときはすべて忘れて没頭できる。
拍子木のリズム、私はやる係ではないが、家の塗り箸を拍子木にみたててやってみた。
なかなか大変。。
たった一人でやるリズムが狂ったら演奏がおかしくなる。
一人一人が心を合わせて一つの曲を究極の作品に仕上げる・・
これはパソコンの仕事とは比べ物にならない。
やはりいいな、コーラスって。。
最近咲いてる我が家の胡蝶蘭たち