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カテゴリ:私生活
あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。 さて、今年もまた恒例で昨年の30 日に行きつけの花屋さんで花材を悩んで生けた。 今年は我夫が亥年で歳男になるのでめでたいので、実は華やかにしなければと思い、花屋で花を選んだ。 一番先に目についたのはオレンジ色の鮮やかなラナンキュラスという薔薇のような花だったのだけど、なんとなく、私の心がその鮮やかさにそぐわなかった。 そしたら見て心が落ち着いたのはピンクのシンビジュームだったので気持ちを急遽変えこれを中心にした。 そしてそれに合わせるように、決まっていった花たち。 ピンクのやさしさを生かすように柔らかな曲線を描きながらも明るさのある黄色のオンシジュウム。 後ろに緑の松、オレンジはかわいらしさを添える程度に提灯型をしているサンダーソニア。 真ん中に白の清楚なフリージア。 そして手前には今まで使ったことのない豪華な緑の白い班入りの大きなアジサイで存在感を。 最後に赤い実が正月らしく引き締め役の千両で根元を隠した。 かくして私の今年の正月花は、「おしとやかで清楚で落ち着いたやさしさ」がテーマとなったのだった。 今年の正月の参拝は珍しく元旦となった。 長男が31日の夜遅くに帰省して2日にはもう帰ると言うのでそうなった。 仕事が忙しいのでしょうがないが、まあ順調に頑張っているのでそれは安心した。 曇っていて、昨年の青空とは全く違っていたが吹雪いていなかっただけまあまあだと言える。 おみくじは今年は私は「吉」だった。 でも、これくらいがちょうどいいと思った。 なぜなら昨年は私だけが「大吉」で大喜びしたのに、ブログに書いたようないろいろなトラブルがあったためにこれほどおみくじがあてにならないとは思わなかったので、むしろ「大凶」が出ることを祈ったくらいだったから・・・ そして家族にいろんなお守りも買った。 三つも買ったのは夫と父の兼用の車用、長男の車用、次男の車用。 そして、他は一つは母に、あとは私に携帯と財布用と。 私はこのご時世に未だにまだガラケイだ。 実は昨年は猫のかわいいお守りをつけたのだけど、なんとそのせいかどうなのか知らないが、昨年のブログに書いたように野良猫騒動で近所関係最悪の一年だったので、今では猫の写真もグッズも当分見たくないほどの気分アレルギーになってしまった。 さて、我が息子たちが珍しく揃ったので家族写真を撮ろうと父が愛用のフィルムカメラで撮ろうとしたらなんか調子が悪いようで、今回久々に私のデジカメで撮った。 今年父は91歳になるし、母は88歳になる、我が息子たちも今年34歳、32歳になってしまうのだなあ。 今年の正月は長男以外の客人はいなかったのですごく静かな正月で健康に過ごせてよかった。 昨年の正月は弟家族が帰省して、母が疲れてしまい、そのせいで思わぬ骨折をしてしまった母はほぼ半年医者通いをしながら苦しんだ日々だったので、こうして健康になってくれてほっとしている。 ただ、昨年12月10日頃から弟が単身帰省して3泊していったのには本当にまいった。 私は9日に第九演奏会を終えて今年の締めくくりを気持ちよく終えたかったのだが、弟のために滅茶苦茶な気分にされてしまって、しばらく沈んだ気持ちのままだったから。。。 「負の連鎖」というタイトルで先日書いたブログ内容だったのだが、その弟が玄関先で靴を履き、帰るときに「次帰るとき3月は自分の絵の個展があるから無理だ、いつがいいか考えておく、メールすればいいか?」と私に言ったのにはあきれた。 私は「メールって・・私はもうあんたにはメールはしないよ。」 そしたら弟は「じゃ、どうすれば連絡できる?だって耳が悪いから年寄りは聞こえないでしょ。」だそうだ。 私は「私の固定電話知ってるでしょ」って言ったら弟は困った顔を一瞬した。 いつもは見送りに玄関外に出るのだが、今回は私は出なかった。 そして、私はその日のうちに私のガラケイの弟からの電話やメールの着信拒否設定をした。 私は弟と両親の間の体のいい「伝書鳩」ではない。 そして、弟が自分の友達にいかに私が意地悪な姉かどれだけ自分が不幸かを、私を「関所」のように私の許可をとらなければ帰れないと言って同情をかい、友達が「それほど自分の実家が泊まりづらいなら自分の家に泊めてやるよ」と言ったのを真に受けているバカ者だ。 「私の許可など取らなくていいよ」と言っておいた。 両親にじかに電話したり、手紙書いたりすればいいだろう。 大体、二世帯で一緒に住んでる私に「なんであんたがここに住んでるんだ、ここは自分の実家だ」と言う人だからね。 二世帯で住んでいる人がもしいなかったら両親に何かあっても誰も気が付かなくて大変なことになるだろう、だから施設に入るしかなくなってる年寄りが多いわけなのを弟は全く理解していない。 私の大学時代の友達は何年も前から長男の嫁として教師をやめてまで旦那さんの実家に同居しているが、今年の年賀状に「義父母は91歳です。私はどこにも行かれません」と書いてあった。 これが現実だし、この友達は残念なことに子供ができない人生だったが、本当によく頑張ってきて旦那さんの御両親を家で診てるなんて偉いなあと感心する。 それなのに我弟の年賀状は「今年は5月の連休に家族で帰省しますので、よろしくお願いします!」と両親と私宛に全く同じ文面で同じ年賀状をよこしたのである。 まったく、なにが「おれは長男だ、○子さんは長男の嫁だ、実家に帰ってきちゃ悪いのかよ」だ! この私は夫と父と家も家具も固定資産税も全部折半でお金の清算もしており、私は実家も嫁ぎ先も同じだし、私の夫には実家などもうない(夫の姉が亡き両親のあとに住んでるが)、弟夫婦は東京に自分の自宅がしっかりある。(それも我が父の援助金をもらって家がある) まあ、こんな弟だ。 私の長男は大変最近はしっかりとした大人になってきて、私のこんな愚痴をよく聞いてくれる。 この弟(我が息子にとってはオジサン)の絵を見せたら、「この絵見ればわかるわ。大分きてるな。好きにさせときゃいいだろ。」と言った。 「俺の知ってるやつにこんな絵を描くやつがいるけど頭がおかしいよ」とまで言った。 まあ、そうかもなと私も思った。 弟はもはや精神病の入り口にいるのではないだろうか。。 我弟は結婚してから余計変わった。 夫婦が同じ芸能人同士というのが何より悪い。 お互いに仕事の話で馬が合い、誇大妄想癖が激しくなってしまって、おまけに奥さんが自分でも好きな仕事をしたいために、なんでも弟の言うとおりに逆らわないから余計におかしくなる。 そして、極めつけはやはり2人の間の自閉症障害のある子どものコンプレックスだ。 今年は今までの続きで中学の特別支援学級に進学だ。 その先は?と聞くと思った通り高等養護学校進学、その後は国の施設で職業訓練を受けて職を世話してもらうとなるらしい。 私の母は自分の息子である弟が優秀であったがために「どうしてああいう子が産まれたの?○○(自閉症の孫)はいつになったら普通の子になるの?」とずっと悲しそうに嘆いていたのだが、私が「障害は病気じゃないんだよ、初めから部品が足りないところがあるんだよ、これは神様の与えた運命なんだよ」と言っていたんだけど、やっと最近わかってきたようだ。 そんな弟でもたまにくると父は退屈な静かな生活に大きな花火が上がったようなカルチャーショックを受けるのであろう。 私の夫や息子たちは大人しくお酒も飲まないので、父は弟と共に酒飲みなので刺激の強い話が嬉しいのであろうな。 いずれにしても弟には帰る場所があり、私には帰る場所がない。 だから年老いた両親と適当にうまくやっていくしかないのだ。 先日父が電子辞書を新しく購入して、四苦八苦したのか、珍しく私に神妙に聞いてきたので、我夫と二人で「懇切丁寧」に優しく面倒を見てあげたらとても喜んでいたし、私の息子からのお土産だって本当に喜んで話を聞いてお年玉までくれた。 だから、要するに一緒に死ぬまで住むって覚悟を決めた人間は、時には気分悪いことがあっても折り合いをつけながら静かに平和を模索して暮らしていくものなのだ。 ああ、こういう心境は弟にわかるはずもなかろう。 どんなに世界中で絶賛されるほど立派な仕事をしようとも子供をなんとか大人になるまで育て上げ、両親を最後まで見届けることはそう生易しいものではないと思う。 いつになったらまともな大人の会話ができる姉弟となれるのかね・・・ そうそう、昨年の近所トラブルで私が精神的にまいってしまい、「朝のゴミ捨てで近所の人に会うのが辛い」と次男にこぼしたら、次男が家のゴミ捨てを前日の夜とか当日の朝早くに私の代わりに捨てに行ってくれるようになった。 前は自分のこと以外無関心だった次男が、最近は優しく親切になってきてくれて本当にうれしい。 それから年に二度程回ってくる町内のゴミ当番の仕事があるのだが、これも今度は夫が初めて私の代わりに隣の旦那から引き継いでやってくれた。 そしてさらに今年は我が家に町内の当番(班長)が回ってくるのだが、これも夫にやってもらう約束をしてある。 私は❝近所適応障害❞ということにしておくということで、ここまで近所関係が悪化してしまっては、もはや私はもう何も関わらないで❝奥様❞に徹してしまおうと覚悟を決めたのだ。 夫を世帯主として、家のことも近所のことも男として表に立ってやってもらおうと思う。 津軽弁のよくわからない関西人の夫の方がかえっていい。 津軽の男は血の気が多く言葉が汚く女をバカにする傾向が強い、しかし女同士だと陰険でこれも私は嫌いだ。 その点男同士のほうが何かと話が早いので、絶対女は陰に隠れて男が前に出たほうがいいと私は判断したのである。 昨年にさかのぼるが、年の暮れにケーブルテレビの市民チャンネルで青森第九の会演奏会が何度も放送されたのだが、我が家はケーブルがないので、DVDを毎年ケーブルテレビ局に注文して購入して、ゆっくり鑑賞することにしている。 人が何と言おうが、自分の目や耳で確かめて次回に生かすということは大変重要なことだと私は思っている。 この心霊写真のような映像はDVD動画再生中のテレビ画面を撮ったものだが、この人数だ。 そしてこの場面は「星空に神様がいる」というところをソプラノがきれいに高い声で静かに歌い上げている神秘的な部分なのだ。 まあ、このように大勢の中に混じってソプラノで私も歌った。 学生のかわいい姿もあり、毎年新鮮だ。 心の浄化のために私は絶対に健康である限り毎年歌い続けようと思っている。 昨年の暮れに一ついいことがあった。 これは某化粧品会社の懸賞が当たったもの。 買えば5,000円はする美容液だ。 現在使用中だが、本当にしっとりとしていい感じ! 神様が「頑張りなさい、女性は美しさと優しさを忘れてはいけないよ」と言ってくださっているにちがいないわ。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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