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月に2度、高野山(真言宗)東京別院では、第2・第4土曜日に
阿字観実修会と茶話会が開かれています。 先月、ようやく行くことができて、今月も行ってみることにしました。 朝10時から始まるのですが、記帳などすることもなく宗派を問わず 誰でも自由に入れるためか、毎回、参加者は100名を超えます。 本堂に入りきらず、廊下にも座布団が並べられて、一斉に立ったり 座ったりの動作を習い、一斉に般若心経や真言が唱えられる様は、 壮観です。。 前日はカトリックの総本山へ、そして今日は真言宗の総本山(別院)へ。 ちょっと節操のない人に映るかもしれませんが、私自身には 一貫した目的があるわけなので・・・ 説明が難しいのですが、わかりやすく噛み砕くと、 「パワースポットが好きなんだもん」 というひと言になるかもしれません☆ 阿字観瞑想。 密教の御本尊の大日如来を表す『阿』の字が描かれた、掛け軸を 使います。 ・数息観(呼吸を観じる瞑想法)、 ・阿息観(出入の息に大日如来の『阿』=大宇宙の響を観じる瞑想法)、 ・呼吸法と座法 これらが習えて、終わったあとお茶をいただきながら法話が聞けて、 しかも申し込み不要(当日参加)、無料です。 こんな開かれた講座(?)を20年も行っているとは。 川上和尚が、「私ひとりで20年、月2回休まず行ってきました」 と仰っていたのです。 単純計算しても500回余り。 おそるべし高野山。。。 ******** お茶とお菓子をいただきながら、川上和尚のお話です。 ■部屋の照明について。 蛍光灯で上から照らされると、人は不安になる。 落ち着くのは、間接照明。 壁に当たった光が、後ろから照らすほうがいい。 瞑想するときに適した照明について、のお話でしたが、 普通のインテリアのアドバイスとしても良いお話でした。 ■ひと息つく。 感情の面にしては、その場でケリをつけないことが大事。 「相手をどうにかしよう」というのは間違いです。 口にした言葉は、自分にも向かっていることを忘れないこと。 言葉=内容です。 向けられる言葉は仕方ないけれど、自分が相手を傷つける言葉は、 なるべく言わないようにする。 それだけは、自分でも最低限できることです。 そして、自分の中で、言われた言葉をリピートしないこと。 自分自身を傷つける言葉を増幅しない。 傷つけない。 ■全てを手に入れようとしない。 なんでも欲しい、欲しいと上昇志向もいいけれど、望んだ全てを 手に入れようとするのはどうかと。 人と比べない。 自分の能力で、できる最大限の力を発揮して、やれることをやる。 全力でやったそれ以上のものを求めない。 自分はダメなやつだ、と必要以上に卑下しない。 「中庸」っていうのは、そのどちらでもない、ちょうどいいってこと。 ■心の話 現代の私たちは、情報過多になっていて、ものはあふれているけれど、 心の話をする人がいないから、感覚が眠ってしまっている。 宗教を持つのは大事。 宗派の臭いとか、教祖の顔が嫌いとか(笑)、そんな理由で毛嫌いするのは もったいない。 なぜかというと、世界中のあらゆる宗教は、「メディテーション(瞑想)」 から生まれていると思うから。 宗教のはじまりは、禅、メディテーションから生まれたので、 自分の心の中にある、深いもの、命そのものをうたっています。 その、本質をみること。 信仰をもつこと。 自分の中で、宗教、思想信条をもっていないと、この情報過多の時代、 流されてしまいます。 ■瞑想について 病気になっても、老いてベッドの上に暮らすようになっても、 瞑想はできるのです。 ありがたいことです。 脳は、考えてから、考えた以上の機能を発揮します。 無念無想というのは、脳の働きそのものに合致しているのかもしれません。 ■命はリサイクル。 自分が宿しているこの、いただいた命。 生きている間に、綺麗に磨いて、磨いて、次の人に渡してやる。 成長できるのは、肉体のあるうちだけです。 ・・・などなど。 また行きたくなりました♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.02.14 12:50:11
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