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灰色の空のむこうには…

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2007.08.28
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カテゴリ:月下の恋
人の心が千々に思い乱れるさまは、まるで桜の花びらが
舞い散るようであると、移ろい変わりゆくはかなさを
感じたのでした…。


気がつけばあれから数ヶ月が経ったわ。先生にミツキ
様の手がかりとして教えられたヒントのこの地で
あった火事について。時代が確定されているのなら
まだ話は早いんだけど、いつの頃に起きた火事なのか
検討もつかないので、しらみ潰しに調べていったの
だけど、まったくそれらしい記述は見つからなかったの。
近代の出来事なら新聞が発行されている頃までは詳細に
調べることが出来たんだけど、それ以前の頃になると
その一連の火事の事件について一から調べていかなけ
ればいけないという作業が発生するもんだから、もう
てんてこ舞い。ミツキ様という名前以外は詳細がわから
ないから、どこでその単語が出てくるかまったく予想も
つかないし、はたしてこれがミツキ様の出来事なのかと
いう確信もないので作業は困難を極めたわ。わたしの
図書館通いも毎日のようになり、いつの間にか常連さん
とかの顔見知りも増えた頃ようやく一つの事件を見つけ
たの。それは魅月と呼ばれた女性が起こした、忌まわしき
恐るべき恩讐の事件。


まだ江戸時代中期の頃、この地に栄えていたお武家
さんの当主の妾に農民上がりの娘がいたらしいわ。
農民の娘ながら器量も気立ても良く、見目麗しいその
娘に興味を持った当主は妾として囲い、魅月という
名を与えて何不自由のない暮らしを与えたそうよ。
その後魅月は当主の男子を出産したことにより、正式
に側室として屋敷に呼ばれることになったのだけど、
その子が男子だったことが災いし、正室や他の側室の
子らとの家督相続の争いに巻き込まれるようになり
農民出身ということもあったせいか子供とは離され、
悲嘆に暮れた魅月は部屋にこもりっきりになったとか。
その時、世話した下男の男に魅月は想いを寄せるように
なり、ある満月の晩に屋敷に自分で火をつけ、その
混乱のどさくさに紛れて下男と一緒に出奔したらしいの。
それを知った当主は怒り狂い、すぐに追っ手を仕向けて
分かれて待ち合わせの場所へ向かう下男を発見、屋敷に
連れ戻し拷問にかけることで魅月の場所を聞き出した
当主は下男を手討ちし、家来を約束の場所である桜の
樹の下にいる魅月へと送り斬殺、死体をその樹の根元
に埋めさせたとか。そして忌まわしい事件を起こした
魅月の子供は殺すには忍びないということで寺に預け
られ一連の事件は終わったかに思えたんだけど、その
次の満月の晩、その当主の屋敷が火事に見舞われたの。

原因もわからず、その後の調べでも不審なところは
見つらなかったそうなんだけど、深夜に起きた火事は
屋敷全体を囲うようにして燃え移り、逃げ場を失くした
当主ら家族と屋敷にいたその家来たちは全員が焼死した
ことでお家断絶となったそうよ。そして人々はその一連
の出来事を魅月が蛇のような執念に憑かれて当主
に無念を晴らしたとして巳年生まれだったことから
巳憑きの魅月の呪いとして、以後悪さをした者には
ミツキ様が火を点けにくると言って恐れるようになった
とか。


こうしてわたしは長年の疑問であったミツキ様の事件
について、その全貌を知ることが出来たの。多分に
先生のおかげだけど、おばあちゃんがあんなに恐れて
いたミツキ様にこんなにも悲しい物語が隠されていた
なんて思いもしなかったわ。今では考えられないような
ことだけど、その時代のシチュエーションで考えたら
武家社会はそういう自由意志が許されていなかった世界
のことだからと頭では割り切れても、なかなかミツキ様
の立場で考えたらそうは思えないっていうのが正直な
ところね。しかもミツキ様って農民の生まれだと言うし、
当時は自由意志という面で言えばまだ農民のほうが自由
だったのかもしれないわ。先生がおっしゃっていた言葉
の重みがひしひしと伝わってくる結末よね、愛する人と
結ばれることが許されない社会って。こうしてわたしの
卒論のテーマについての答えが出たので、ここで終わり
かと思ったんだけどふと気付いたことがあるの。

それはこの地ではまだミツキ様の呪いが続いているって
こと。どうしていまだにミツキ様が恐れられているかって
言うのは、子供を躾けるために教える話でもあると思う
んだけど、それよりもミツキ様がきちんとともらわられて
ないからじゃないかしら。魅月が斬殺され桜の樹の下に
埋められたことも、その後のことは書かれていなかった
からひょっとしてそのままなのでは?


ミツキ様の全てを知ることが出来たわたしは、この卒論を
仕上げるために最後の調査をすることにしたの。ミツキ様
の呪いを終わらせるために、今まで手にしていたものを本
からスコップへと。わたしの地元で桜の名所と呼ばれる
ところは限られていて、春になれば桜が美しく咲き誇る
この街ではちょっと自慢の大きな公園。確信はなかった
けどお武家さんの屋敷はこの公園からちょっと行った
ところにあったそうだし、当時の目印にもなるくらいの
大きな桜だったら今でも残っていれば見事なくらいに
大きなものになっているはずだし。そうしてわたしは、
桜の根元を堀り起こしていくことにしたの。

ただ愛する人と一緒にいたいだけのために殺されて
しまった魅月、そんな純粋な思いが転じて呪いとされる
なんてそんなのひどすぎる。せめてその汚名を晴らす
ためにも、どうしてそういうことをすることになった
のか知ってもらわないとやりきれないという使命感から
か、来る日も来る日も公園の桜の下を掘り起こしていたら
毎日のようにクレームをつけられたけど、そんなの気に
しない。いまだにお墓がないままで打ち捨てられている
なんて…。作業をしながらそこまで思考が及んだとき、
ふと稲妻が走ったように閃いた言葉が浮かんできたの。
先生が言ってたこんなに悲しい歌は聞いたことがないと
いう言葉。ひょっとしてあのミツキ様の歌って裏の意味が
あったのでは。そう考え事をしながら桜の根元を掘って
いたら、何かに当たった気が。

時刻は夕暮れ。昔は逢魔が時と呼ばれ、魔と呼ばれた
モノたちが蠢きだす時刻。その違和感を確かめるべく時間
を忘れて丁寧に土を掘り出すと、人の身体らしきものが。
あまりの事態に恐慌に陥りそうになりながらも、スコップ
をやめて震えながら土をのけていくと次第に露わになって
くる斬られた跡のあるみずみずしい着物姿の女性。いつの
間にか空には満月、その凍てつくような光に照らされた姿は
あまりにも美しく、そこに埋められたときから時間が止まった
まま眠るようにして過ごしてきたような、輪廻を離れた姿が
そこにあったわ。輪廻を離れたものは何になるの?信じられ
ないあまりの光景に呆然となりながらもその答えが先の歌の
中に隠されていたことにようやく気付いたわ。


「人間恋愛白き魂の鬼なれど
 墓無き涙重い鉄輪で」



「月下の恋」





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Last updated  2007.08.30 01:09:20
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