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カテゴリ:月下の恋
闇の中は深く、とても冥い…。そこになにかが
潜んでいたとしても不思議はないでしょう…。 あの人を待ち続けて、もうどれくらい経ったの でしょう。幾度となく季節は巡り、眠れぬ夜を 越えて、今日もまたわたしは待ち続けています。 一日千秋の思いで、千秋は万冬になり、万冬は 億春へ、億春は兆夏へともうすでに数え切れぬ 日々をずっと愛しいあの人を待ち続けています。 あのときに交わしたかけがえのない約束、それ だけを胸に、わたしはいつまでも待ち続けます。 花は咲き誇り、千々に乱れ、葉は芽吹き、儚く 散り行くのを繰り返しても、あの人を見舞った 苦しみを思えば待ち続けることに迷いはありま せん。あの人は言いました、必ずわたしを迎え に行くと。その言葉が胸にある限り、わたしは 刻を越え、輪廻を超えて、いつまでもあの人を 待ち続けます。 今では、あの約束がどのようであったのか辛う じてしか覚えていません。ただ、どのような ものであれ、あの約束はかけがえのないもの だったと、それだけは覚えています。あの人の 名前も顔も声も体温もにおいも、そして自分の 名前すらも思い出せないくらいわたしは待ち 続けています。このわたしの胸に宿るこの想い だけを支えに、いつまでも待ち続けるには時の 流れはとても早いものでしたが、あの人に焦が れる思いを毎日塗り重ねてわたしはここで待って います。この枯れることのない、あの人への 想いは愛なのでしょうか、それとも呪いなので しょうか。夢か現か、それすらもわからなくなる くらい永い間、あの人がきっと来てくれるもの と信じて、今日も約束のこの場所で待ち続けて います。 こうして待ち続ける間に、この約束の場所に 何人もの人が訪れました。誰かが来るたびに、 あの人かと期待するのですが、何度となく その希望は打ち砕かれてきました。ここに 来る人のほとんどがわたしの姿に気付かず、 睦みあう二人がここで愛を語り合う姿は、 まだ幼かったわたしとあの人の幸せだった かけがえのない記憶を呼び覚ますようで、 今はただ待つだけのこの身を儚んで消え去り たくなってしまいます。 もう呼ばれなくなって久しいわたしの名前です が、ふとしたはずみに誰かに呼ばれたような 気がしたかと思うと、その間の記憶はわたしの 中からすっぽりと抜け落ちてしまっています。 あの人を待ち続けて数え切れぬ時間の中で、ほん のわずかばかりの欠落なので、わたしにとっては 待ち続けることを思い出すのはあの人に会えない 悲しみを募らせるばかりなので過去を振り返る よりも、今にもあの人がわたしの下に来てくれる かもしれないという望みに胸を膨らませて待って いるのですが、その都度わたしの下に訪れるのは、 徳を積まれた人たち。その人たちだけにはわたし の姿が見えるらしく、わたしに向かっていくつか 問答を行い、祓おうとするのですが、わたしは この約束の場所に縛られた想い。あの人にしか、 わたしをこの地から解き放つことはできない のです。 そう、うすうすは気付いていたのです。いくら わたしがあの人のことを思って、いつまでも 待ち続けようともありえないくらいの日々が 過ぎ去ってしまっているということを。わたしは 現し世に生きているのではなく、幽り世に生きて いることを。それでもいつの日か、あの人が約束 を思い出したとき、この場所に待っている人が いないと気付いたときのことを思えば、たとえ この身が朽ち果てようとも、この想いを消し去る わけにはいかないのです。ただただ愛しいあの人 との邂逅を果たすためだけに、わたしはいつまでも この地に留まり続けているのです。 いつの頃からか、わたしのこの想いがあの人に届く よう語りかけるようになりました。 「ねぇ、思い出して。約束のあの場所を、私の名前を。 あの場所で私はいつまでもあなたを待ち続けるわ。 例えこの身が朽ち果てようと、あの忘れな草の伝えの ようにこの世に証は残せなくても、あなたへの つきせぬ想いは消し去ることはないでしょう。 凍れる刻の中を私はいつまでも待ち続けるわ。 ねぇ、思い出して。私の愛したあの花を。 あの花が咲き乱れる美しき約束の場所、そこで 私は待っている。幾重にも織り込まれた記憶を 紐解いて、あの約束を思い出して。 あなたになら出来るはずだわ。だってあんなに固く 約束したんだもの。あなたが約束の場所を思い出した 時、私の凍った時間は再び刻を刻み始めるわ。 ねぇ、思い出して。約束のあの場所を、私の名前を。 そう、約束の場所、私の名前は……。」 わたしの想いはきっとあの人に届いているはずです。 あの人がこの約束の場所に来るまで、いつまでも わたしは待ち続けます。 「月下の恋」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.01.03 23:09:19
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