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カテゴリ:郷土の歴史
苫小牧の歴史を調べていて 今まで知らずにいた”大きな発見”が、ありました。 市民が、”神社”というと まず始めに思いつく 高丘にある樽前山神社 そして、4月2日に友人3人と参拝した 錦岡樽前神社 こちらには”円空鉈作観音像”が安置されていて JR錦岡駅のそばにあります。 そして樽前山の西側山頂にある 樽前山奥宮 そして、今回捜し求めていた元々の神社に1週間前に辿り着きました。 樽前小学校のそばにある”樽前山神社” ここは元々の呼び名が”樽前権現社”又は”樽前大権現” とも言われ 1807年(文化4年) 樽前を通った田草川伝次郎が 「西蝦夷日誌」の中で 「タルマイ・・・路傍にタルマイ大権現あり」と 書いてあり、その年代には、お社があったことが確認できます。 「権現」とは 観音菩薩が姿を変えてこの世に神として現れたもの つまり、現在、錦岡樽前神社にある”円空鉈作観音像”は、 本来は、ここにあったもののようです。 そして明治5年までは、このお社に”瀬織津姫さま”が祭神として 祀られていたことを明治新政府が神官である菊地重賢を巡回させ 樽前権現社について報告書に 「この神社は、樽前山を祀るものなのに、 伝えられている”瀬織津姫”という祭神は、海の神様である。 神様の中身が違うので、祭神を改めさせた上、 もう一度、はっきりと取り調べるべきこと」と そして、明治7年には、現在の苫小牧の中心地に 神社は移され、祭神も別の神様が祀られました。 最初に お社建立したのは、江戸時代にここの樽前浜で いわし漁が盛んで”いわし粕”を作り商いをしていた 商人が漁の豊漁や安全に漁や航海が出来ること祈願し 海の神様である”瀬織津姫さま”を祀ったそうです。 そして地域の古老のお話から 「”樽前権現社”にあった宝物が、あちらこちらに持っていかれ 今は、良い物は、無くなってしまった!」 明治7年には、権現社のお社も取り壊されてしまい 今では、当時の”樽前権現社”がどこに建てられていたのか 不明です。 その後に氏子の皆さんで再建立されたようです。 じつは、当時お社を再建した場所を教えていただきました。 私有地の牧草畑ですが、 樽前山が、とても美しく眺められるところです。 その後、昭和の初めに入植者が入り、樽前地区に人が増え 学校も建ち、その敷地の近くに今のお社が移されたそうです。 神様は、人の想いや動きに合わせて動かされ、祀られるのですね。 ”瀬織津姫さま”をたどる道の始まりです~! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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