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テーマ:吹奏楽(3434)
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とある県のとある地区で行われたソロコンクールの審査をしてきました。
私が担当したのは中・高生の金管・打楽器部門! とはいっても、大半は金管楽器を聴いていることになるわけですけどね(^^; 中高合わせて70人以上いたわけですが、その中で打楽器は中学生で3人、高校生で8人といった具合です。 いやぁ~、皆さん選ぶ曲のレベルが高いったら!! だってEuph.なんて中高合わせて14人中6人も バラの『イントロダクションとダンス』だし、 高校生のTb.も7人中3人が、シュトラウスの『トロンボーン協奏曲』だし、Hr.なんて何人がモーツァルトの『ホルン協奏曲』やったか覚えられないくらい何度も何度も登場しました。 偉いねぇ~ 心底そう思います。 よく中学や高校生でそんな難しい曲に手を出すもんだ。 かくいう打楽器も4本バチ華盛り!! 「そういえば大学でやったなぁ・・・」なんてやっても曲を、普通の高校生が見事にやってのけてくれます。 いやはや、皆さんのレベルの高さに脱帽です。 でもね、曲になってない出場者が多かったのも事実なんです。 なんでなのかなぁ・・・ なんでみんなしてそんなに難しい曲を選びたがるのだろう。 半分くらい吹けなかっったり、音にならない音でなんとか最後まで演奏したりと、見てて(聴いてて)疑問を抱くことが多々ありました。 何度かここの日記でも書いていますが、変に難しい曲・難しい曲・・・といくよりは、その子のレベルに合った曲をセレクトしたほうがよっぽど良いと思うのですよ。 その原因の一つに生徒や顧問の先生の「曲の知らなさ」があると思います。 それで結局、「去年聴いたことがある」とか「誰かから薦められた」ということで曲が決まっていったりするのかな?って思うんですね。 もう一つは「勝ち抜く為には難曲じゃなきゃ!!」信仰が深いのかなと・・・ 確かに難曲を仕上げてくれれば勝ち抜ける確立は高くなります。 でもそれはあくまでも「仕上げ」てくれたらです。 勝ち抜く勝ち抜かないは曲の難度で決まるのではなく、完成度で決まるもの。 しかも今回のソロコンは県大会止まりです。 県大会で優秀な成績を残すには・・・と言われてしまうと、確かにある程度の難易度の高さは必要になってきますが、 そこだけに照準を合わせてしまって、地区大会で勝ち抜けなければ元も子もないじゃないですか。 だからと言って、うーーーーーーんと簡単では困ってしまいますが、自分で余裕を持ってキチンと仕上げられる、しかもちょっとだけ背伸びをする程度の曲が合っていると思うんですよね。 仕上げる・・・っていうのも、「曲が通る」=「仕上がる」ではないと思うんです。 音程や音色、音質、そして表現・・・ 全てのことに対してキチンと対処して初めて「仕上がる」ものだと思います。 音程はヘロヘロだけど難しい曲を通せました!!では、ダメだと思うんですよね。 教育的見地からしても、一つの物を作りあげるといった工程で、しっかりと地に足付いたことをしていく大事さを教えはぐってしまう気がするんです。 例えるなら・・・ お料理を作る上で、分量や手順をいい加減な状態にしたまま作り終えちゃうみたいな。 (某番組の○ライ娘や○のエプロンみたいなさ) ついでに加えるなら、オムレツを作るのがやっとな状態の人にフルコースを作らせてるというか・・・ (かえって判り難い例えだったかしら) そんな感が残りました。 課題曲が提示されるコンクールではないわけですから、 私としてはもっと自由な発想のもと、生徒のレベルを見据えて、完成度の高い曲を望んでやみません。 それでもやっぱり、難曲がいいのかなぁ・・・ なにはともあれ、今日、出場した約80人の生徒の皆様、お疲れ様でした。 後から点数の一覧表をみたら、私が一番厳しい点数の付け方をしていました(^^; 講評用紙の一言も「ひとつの意見」として受け止めてもらえたら幸いです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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