高血圧者が一人もいない?
ネパール王国コテン村の調査成績からヒマラヤの麓(ふもと)、ネパールの電気もトイレもない丘陵地農村コテン村で、20歳から84歳までの約400人を対象に行った1987年の調査では、男性には高血圧者は1人も見られなかたそうです。なぜ高血圧者がいないのでしょうか。 ● トウモロコシ粉を練る検診時の尿から1日の全員の食塩摂取量を推定すると、1日11-12gで日本人とほとんど変わりませんでした。食事は、石臼でひいたトウモロコシ粉を湯で練り上げた「デイロ」と米が主食です。淡黄色のちょうどおからのようなものです。土地や気候などの自然条件から、米よりトウモロコシが栽培されやすく、トウモロコシと米の割合は2対1でした。成人では1回に700-800gと驚くほどのデイロを食べます。副食には、野菜を香辛料と岩塩で煮た「タルカリ」が、みそ汁の量ほど丸いボウルによそわれていました。右手でデイロをつまんでタルカリをつけて食べます。アルミの食器に盛られた山のようなデイロはまるでなめたように残さずきれいに食べられます。昼食も夕食もタルカリに入れる野菜が「カボチャのツル」か「里芋の茎」に変わるだけで、来る日も来る日も同じものが食べられていました。ヘッドライトをつけて各家庭を回っての調査では、隣も、そのまた隣も、同じもので、今の日本とは全く異なります。それにトウモロコシやヒエで作った「チャン」と称するアルコール2-3%程度の弱い酒が、血圧に良いと言われる日本酒にして100ml足らず、老若男女を問わず飲まれており、紅茶や砂糖を取る習慣はこの村にはありませんでした。●カリウム・マグネシウムは日本人の2.5倍魚はもちろん、肉などの動物性タンパク質は、1年に2,3回祭りの時に、小さなヤギを殺して、「タルカリ」に入れてひと切れ程度取るだけで日常はほとんど見られません。代表的な食事を乾燥させて日本に持ち帰り、成分を測定し、栄養素等摂取量を調べてみました。エネルギー摂取量は必要量をほぼ満たしており、エネルギーの約85%が主食の穀物から摂取されていました。トウモロコシのデイロには、血圧を下げると言われるカリウムやマグネシウムがたくさん含まれており、摂取量はそれぞれの日本人の約2.5倍でした。食物繊維も約3倍と多く、血清コレステロールの高い人や糖尿病も見られませんでした。またコテン村には肥満者の姿は全くなく、まるでカモシカのようです。太陽とともに起き、1日中農作業で、日暮れまで段々畑をはだしで上り下りし、太陽が沈むとシコロに横たわって深い眠りに入ります。体力の指標とされる最大酸素摂取量は日本人よりはるかに高く、肉など動物性食品もほとんどなく、今の日本の食生活からは想像もできない食事ですが、自分の体重の2倍以上もある荷物を担いで、1日中山を登る体力がありました。● 血圧低いソバのデイロ1992年の調査では紅茶に塩とヤクのバターを入れて作る「塩茶」を1日平均約1000mlも飲む習慣を持ち、同じ高度に住む2つの種族間に血圧の違いが見られました。ここでも、尿からみた食塩摂取量は日本人と差がなく、種族間にも差は見られませんでした。その原因を統計的に解析してみると彼らの栄養摂取の大半を占める主食の違いでした。血圧の低いジョンソン地区の主食は「ソバのデイロ」、血圧の高い地方の主食は「小麦のデイロ」でした。ソバは小麦に比べてカリウム・マグネシウム・食物繊維の量が著しく多かったのです。その上、ムシロに干されていたソバの葉っぱです。乾燥させ、粉にして、タルカリに入れて食べるのです。ソバの葉にはカリウム、マグネシウムがソバの粉より数倍も多く含まれていました。海抜2700mのところで過ごす彼らの生活の知恵なのでしょうか。このように血圧には、食事や運動量など生活スタイルの影響の大きいことがわかります。高血圧は"沈黙の殺し屋"http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/syoku/12.htm