謎ときをしようと思って何度も挫折したあなたに贈る『ロスト・ハイウェイ』 【第三回】
謎ときをしようと思って何度も挫折したあなたに贈る『ロスト・ハイウェイ』シリーズですが、第二回をご覧になって、かなりテキトーな解釈しちゃってんよこの人と思った方もいらっしゃるかもしれません。 そこで、第三回は製作側のネタばらし+αでお送りします。 作品をすでにご覧になった方を対象としていますので、いきなりこちらのページにお越しいただいた方は、第一回をご覧いただくとよいかもしれません。 謎ときをしようと思って何度も挫折したあなたに贈る『ロスト・ハイウェイ』 【第一回】"[引用はじめ]必要だったのは、しかるべき状態であって、混乱させることではない。謎を感じるということさ。こんなことを言った人がいる。『謎はよしとする。混乱はだめだ。この二つには大きな違いがある』[引用おわり]"『ロスト・ハイウェイ』 リンクをクリックすると、記事の各セクションに移動します。【第一回】『ロスト・ハイウェイ』作品紹介とわかりやすいあらすじ【第二回】ストーリー解説はじめにリンチ監督&バリーのネタばらし 1.『ロスト・ハイウェイ』について 2.「ディック・ロラントは死んだ」というセリフ 3.サイコジェニック・フーガ 4.フレッドについて 5.レネエとアリス 6.ディック・ロラント とミスター・エディ 7.アンディ邸のパーティ 8.白塗りの男(ミステリーマン) 9.「お前と俺ならもっとすごいポルノを撮れたな」のセリフについて 10.「あの夜」のこと 11.フレッドの処刑【第四回】登場人物分析はじめに 映画『ロスト・ハイウェイ』の脚本は、デヴィッド・リンチ監督(以下リンチ監督)と、小説家バリー・ギフォード(以降バリー)の共同執筆であることはご存じの方もいらっしゃると思います。 互いにバラバラの構想を持ち寄り、意味について詳細を詰めないまま脚本を書き上げて映画を完成させたというのもおもしろく、またキャストたちもそれぞれ異なる解釈をしたりしています。 鑑賞者にも同じことがいえます。 ある人はリンチ監督に近い解釈をするでしょうし、またある人はバリーの解釈に近いストーリーを組み立てるでしょう。また、ある人は誰も思いつかないような解釈をするかもしれません。 いずれにせよ、結局のところ全容は明かされていないため、模範解答がないのが正解といえるでしょう。 リンチ監督は、『ロスト・ハイウェイ』の全容を明かせない理由について、つぎのように語っています。"[引用はじめ]Film is so many things, and you work for two years or more to get it to feel absolutely correct, it's correct that you can make it. And then, to translate two hours of an orchestrated thing into some words, especially when you don't have a gift for words, you always fail. So I can't tell you.[引用おわり](訳)フィルムはいろいろな事物の組み合わせだ。完全にこれだという境地に達するまで二年以上もの年月をかけてようやく完成にたどりつく。だから、天才的な言語能力の持ち主でもなければ、この二時間にもおよぶシーンの集大成を語ろうとしたところで、ことごとく失敗するだろう。だからそれはできない。"(チャーリー・ローズとのインタビューより) 一見つかみどころのない作品ですが、実はほんの些細なところにも緻密な計算が施されています。説明するよりも見せることに徹していることがわかります。 バラバラに見えるシーンは、鑑賞回数を重ねるたびに、あなたの頭のなかに強烈な印象として刻まれていきます。時間がたつにつれて霧が晴れていく感覚に近いかもしれません。 逆に、鑑賞すればするほど謎が深まってしまったという方もいらっしゃると思います。 しかし、それでも何がどうなったのかという明確な流れは存在しており、解釈のヒントとしてリンチ監督とバリーが明示的に示している情報もあることはあります。 リンチ監督が情報を小出しにする一方で、バリーは視聴者に向けてより具体性のある解釈へのアプローチを試みているところにも、両者の性格の違いが色濃く表れています。注意:以降は情報の正確性を示すために多数の引用を含みます。 特筆しないかぎりは、引用部分は当方所有の扶桑社ミステリー『ロスト・ハイウェイ』からの引用となります。 これにより、今までの不明点が解消する可能性は高くなるかもしれません。しかし同時に、制作側の情報提供によって、自由に想像する楽しみを奪われたような気になる方もいらっしゃるかもしれません。 それをご了承のうえ、ご覧いただければと存じます。▲目次へリンチ監督&バリーのネタばらし1.『ロスト・ハイウェイ』について 映画『ロスト・ハイウェイ』は、バリーの小説『ナイト・ピープル』から着想を得ています。"[引用はじめ] まず、バリー・ギフォードが『ナイト・ピープル(Night People)』という本を書いていて、そこに“ロスト・ハイウェイ”というフレーズがあったんだ。いつだったか定かでないけど、バリーにこう言ったよ。この『ロスト・ハイウェイ』というタイトルにすごく愛着を持っているから、一緒に脚本でも書かないかって。[引用おわり]"(8ページ) また、同氏の小説『ナイト・ピープル』の冒頭のアパッチ(ならず者)の章で、元囚人のレズカップルが車で繰り出すシーンの会話にハンク・ウィリアムスの『ロスト・ハイウェイ』の曲のイメージがそっくりそのまま使われています。 『ロスト・ハイウェイ』の歌詞は、人生の道を踏み外した罪だらけの男がツケを払わされるという内容で、一度道を踏み外したらあとは転がりつづけるだけという、現実の厳しさを物語っています。 主人公フレッドの破滅の人生にぴったり重なりますね。 リンチ監督は『ロスト・ハイウェイ』の着想を得たときの様子について、インタビューのなかでもくわしく答えています。"[引用はじめ]Well actually, part of it was two words "Lost Highway," which Barry Gifford had written in his book "Night People."For some reason those words made me dream.It wasn't any story, it wasn't any... it was a possibility, a dreamlike possibility.And then, the last night of shooting of "Fire Walk with Me", I had a thing roll through my head, which was an idea but sequences of ideas.And not controlling at one bit, unfolded, and I held that until Barry and I got together and I told him that, and he happened to like that.And the title and that idea was the starting point.And then, you go from there....But a starting point focuses you in one area, and when you get focused, it became like a magnet and you can together pull things out of, like a doorway, and they come out and show themselves.[引用おわり](訳)実をいうと、構想の一部は『ロスト・ハイウェイ』という二つの単語は、バリー・ギフォードの本『ナイト・ピープル』に書かれていたものなんだ。どういうわけか、この二つの単語のとりこになってしまった。ストーリーとしてまとまっているわけでもなかった。まったくね……一つの可能性、夢のような可能性だったんだ。そしたら、映画『ファイアー・ウォーク・ウイズ・ミー』撮影最終日の夜に、頭の中にパッとアイデアがひらめいたんだよ。一連のアイデアがね。それで、バリーに会うまでそのアイデアを手つかずのまま温めておいた。そして彼に伝えたところ、たまたまそのアイデアを気に入ってくれてね。このタイトル、そしてそれがスタート地点になったんだ。そしてそれから物事が動きだしたよ……。スタート地点はある一点に焦点が合わさったものだから、そこに集中することで、それが磁石のはたらきをするようになる。そして、扉の入り口でやるみたいに、その向こうにあるものを一緒に引きずりだしてきて、その出てきたものがようやく姿をあらわすという流れだ。"(チャーリー・ローズとのインタビューより)▲目次へ2.「ディック・ロラントは死んだ」というセリフ これは、リンチ監督自身の体験をそっくりそのまま冒頭のシーンとして映像化したものです。"[引用はじめ]ある朝、僕が目を覚ますと、インターホンが鳴った。男が『デイヴか!』って言うから、『そうだ』と答えた。そしたら、その男が『ディック・ロラントは死んだ』というんだ。そこで僕が『何だって?』と聞き返すと、そう、何の返事もない。そこから玄関は見えなかったから、わざわざ反対面まで行って、大きなガラス窓から外をのぞいてみた。やっぱりそこには誰もいない。僕はディック・ロラントが何者なのか知らない。僕が知っているのは、彼が死んだってことだけなのさ![引用おわり]"(8ページ) 『ディック・ロラントは死んだ』シーンが、リンチ監督が体験したとおりの家の間取りで展開されているところがおもしろいですね。 実は、このリンチ監督の不思議な体験には続きがあります。"[引用はじめ]Now, my next door neighbour, his name was David also. 'Cause I did not know any Dick Laurent, and I don't know what that meant, but that happened.[引用おわり](訳)で、すぐ隣の家の住人もデヴィッドなんだ。僕はディック・ロラントのことは知らないし、それが何を意味するかもわからない。だけど本当にそんなことがあったんだ。"(インタビューより)▲目次へ3.サイコジェニック・フーガ リンチ監督はフレッドの精神状態をサイコジェニック・フーガと表現しています(【第一回】参照)。 映画の宣伝担当が見つけてきた言葉だと語ったうえで、この精神疾患に『ロスト・ハイウェイ』のイメージを重ねています。"[引用はじめ]ひとつのことから始まり、すぐさまそれとは別のものに移行し、次いで、それがまたもとに戻る。そしてそれが“ロスト・ハイウェイ”であるというわけだ。この病を抱えている人たちが病を再発してしまうのかしないのか、あるいはいつまで遁走が続くのかは、僕にはわからない。でも、二つのテーマが撹乱し、別々の方向性を見い出し、その後、またひとつになるなんて、そうとういかしてるよ。[引用おわり]"(P.32) これに対してバリーは、出発点となった小説『ナイト・ピープル』の構成と、『ロスト・ハイウェイ』の構成の違いをより具体的に語っています。"[引用はじめ]出発点となった『ナイト・ピープル』の構成は、シュニッツラーの『輪舞』に基づいているが、『ロスト・ハイウェイ』はそれとは違うものにしたい。そこで、あたらめて考え出したのがフーガ(遁走曲)である。音楽用語に即していえば、ある場所を起点に始まり、二つに分かれ、また最初に戻ってくる物語になっている。フレッド・マディソンの場合は、“心因性” 遁走の形をとって、心理的な恐怖をともなった変容を経験することになる。彼は現実から空想に出発する。だが、そこでも、いわゆる“現実”世界で味わった以上に、自分の心を奪った女性をコントロールできなくなってしまう。[引用おわり]"(P.43) バリーは脚本の第一稿を書き上げてからしばらくして、新作小説のプロモーションのためにスペインに飛びました。 そこで隣に乗り合わせた女性が偶然にもスタンフォード大学の教授兼精神科医だったため、ロスト・ハイウェイの構想とフレッドの心理状態について語ったところ、それはサイコジェニック・フーガだと即答したために、より確信をもって第二稿に臨んだというエピソードもあります。▲目次へ4.フレッドについて フレッドの人物像については、リンチ監督、バリー、フレッドを演じたビル・プルマンがそれぞれの解釈を展開しています。 リンチ監督による解説では、フレッドは一見どこにでもいるような男で頭も切れるが、同時に深刻な問題を抱えている人間だと表現しています。 バリーによるフレッドの人物像はより具体的です。"[引用はじめ]フレッド・マディソンは、妻レネエを疑惑の目で見ている。浮気をしているのではないか。あるいは自分と知り合う前からのつきあいのある胡散臭い連中といまだに関わっているのではないか、気を揉んでいる。[引用おわり]"(41ページ) ビル・プルマンによる解釈では、サックス奏者、セックス男、セックスの神というイメージをふくらませながら、主人公フレッドの演奏風景について言及し、楽器に口を付けて観客の女たちをたぶらかす姿は、まるで浮気行為そのものだと表現しています。 ちなみにあのライブハウスのソロ演奏シーンでは、実際にビル・プルマンがサックスを演奏しています。▲目次へ5.レネエとアリス レネエとアリスが同一人物である点については、リンチ監督もバリーも一致しています。"[引用はじめ]もちろん、レネエとアリスは同一人物である。彼を夢中にさせた女性であり、彼を地獄の先まで引っ張っていく女性なのだ。[引用おわり]"(43ページ) レネエ/アリスを演じたパトリシア・アークエット自身も一人で二役または別人格を演じるつもりで臨んでいましたが、リンチ監督から同一人物としてふるまうように演技指導を受けています。"[引用はじめ]My first concept was there were two different people, so I was thinking to look at them from an acting point of view that I was gonna make them very different; vocal pattern, the way they move, their laughs, and all this ... so it was sort of exciting. And then David said that "No, no, no, they are the same person! " So then, you have to cross over the reality border because it can't really be the same person and one of them die?"[引用おわり](訳)最初は二人の別人を想定していたために、演技上、声の調子、動き、笑い方など、そういったことを使いわけるつもりでいて、それはそれでおもしろそうだった。そうしたら、デヴィッドから「いやいや、別人じゃなくて、同一人物なんだよ!」って言われたの。 ということは、二人のうち一方が死ぬなら同一人物はあり得ないから、現実路線は通用しないってことなのよね?"(インタビューより)▲目次へ6.ディック・ロラント とミスター・エディ 映画の終盤で、フレッドがディック・ロラントをマグナム銃で殴るシーンの撮影の際、リンチ自身がスタッフを交えながら「(ディック・ロラントではなく)エディを殴る」と表現しているため、彼はエディであることが導き出されます。 『ディック』という愛称が男性器を指す俗語であることをご存じの方も多いと思います。 ポルノ業界ではディック・ロラントという俗名が同業者たちに使われていて、それを刑事たちも使っていると解釈すると、わりとしっくりくるのかもしれません。 リンチ監督はミスター・エディ/ディック・ロラント役にロバート・ロッジアを起用した理由についてを、インタビューの中で語っています。"[引用はじめ]Robert Loggia wanted to play Dennis Hopper's part in "Blue Velvet", and came on the day we were casting an actress. And there were two people, a young guy to test for Kyle's part and Robert Loggia to test with this actress for Dennis Hopper's part, Frank Booth.I didn't get to Robert and when I went out to tell him, you know, we had a shutdown, he became very upset. And I never forgot how upset he got.So it was sort of perfect I saw an anger that he was sitting on and it just made him perfect to play Mr. Eddie/Dick Laurent.[引用おわり](訳)ロバート・ロッジアは映画『ブルー・ベルベット』で、デニス・ホッパーが演じた役をほしがっていて、女優の配役を決める日にやってきた。二人の役者が来ていた。一人はカイルが演じた役のテストのために来ていた若者と、それから、この女優とロバート・ロッジアをフランク・ブース役としてテストするためにね。役はデニス・ホッパーのものになったが。ロバートは選ばなかった。で、配役からもれてしまったことを本人に伝えにいったんだが、そのときのロバートの取り乱しようといったらなかった。今でも彼のあの怒りは忘れられないよ。だからある意味、あの彼の全身から発せられる強い怒りを見たこともあって、ミスター・エディ/ディック・ロラントなら、まさに彼が適役だったってわけだ。"(チャーリー・ローズとのインタビューより) 後続の車からあおられてブチ切れたエディが、運転手を車から引きずり出して交通ルールの大切さを怒鳴りながら説教するシーンは、皆さんの脳裡にも強烈に焼きついていると思いますが、これはリンチ監督がローレル・キャニオンの山道で後続の車からネチネチと煽られたという実体験がもとになっています。 そのとき、たまたまリンチ監督の車に同乗していたマイケル・J・アンダーソンのインタビューを引用します。"[引用はじめ]It was the time when I was riding in the car with him and Mary, and we were going down the Laurel Canyon, you know the winding thing.And then some guy came up behind us and he was honking. Uh, you know, it was a road and everything. And then he pulled over, and let this guy drive passes and then he continued down the road. And then I said to him, "Well David, you are a nicer guy than I am." And then, he turned to me and he got, "No, I'm not! " He got, "I really want to destroy that fellow up there, but I just don't have time."[引用おわり](訳)デヴィッドとメアリーと三人でローレル・キャニオンを下っていたときのことだった。ご存じのとおりあの曲がりくねった道でね。そのうち、後ろの奴がぴったりくっついてきてクラクションを鳴らしたんだよ。こんな道しかないところなのにだよ。彼が路肩に寄ってそいつに道を譲ってやったら、そいつはさっさと道を下っていったよ。だから言ってやった。「デヴィッドは俺よりお人好しだなあ」ってさ。すると彼はこちらに向き直って言ったんだ。「とんでもない!本当はあいつをぶちのめしたくてたまらないんだが、あいにく時間がないんでね」"(Twin Peaks -- The Man from Another Place インタビューより)※メアリーはリンチ監督の同僚兼パートナー。三人目の妻となったが現在は離婚している。 というわけで、このシーンはリンチ監督の実体験にもとづくお説教コーナーになっていると同時に、当時はその男をぶちのめす時間がなかったリンチ監督が、『ロスト・ハイウェイ』の映像のなかでそれを実現したという形になっています。 以下、トークショー番組出演時にリンチ監督が語った交通ルールの大切さを引用します。"[引用はじめ]It just strikes me that we could talk about what's happening in Los Angeles, maybe many places in the world. People are going through red lights. It's a big problem. And I understand the frustration of the light, you know, turning yellow .... the cars in the front are going ahead, but it's extremely important to stop for the red lights.[引用おわり](訳)ロサンゼルスや世界中のいろんな所で起こっている問題についてひらめいたんだ。赤信号を無視する人たちがいる。これは大問題だ。信号が黄色に変わるときのフラストレーションは理解できる……前の車はどんどん先に行ってしまうからね。だが、赤信号で停車することはきわめて重要なことなんだ。"(ジェイ・レノのトークショーより) リンチ監督は、他の作品の中でも交通ルールのお説教を映像化しています。 たとえば、『ワイルド・アット・ハート』[1990年](こちらも原作はバリーの小説)では、交通事故で致命的なケガを頭に負った少女が、頭から出てきた脳みそをいじりながら死んでいく様子が表現されています。『ロスト・ハイウェイ』の後継版的な位置づけの映画として知られる『マルホランド・ドライブ』[2001年]では、夜のマルホランド・ドライブで危険なカーチェイスを楽しむ若者の車が主人公の車に衝突するシーンが描かれています。 ちなみに、『ロスト・ハイウェイ』でエディが交通ルールの説教を垂れている場所も、マルホランド・ドライブです。ロサンゼルス北部に位置するマルホランド・ドライブは急勾配のうねりくねった山道が特徴で、毎年多数の犠牲者を出している交通事故の名所なのです。▲目次へ7.アンディ邸のパーティ アンディのプールつきの豪邸で開かれるパーティの招待客の女性の中には、本物のストリッパーたちも投入されています。このシーンの最初の方に映るプールサイドやプールの中に全裸の人たちが紛れていますので、気になる方はもういちど確認してみましょう。 つまり、そういう業界の人たちが集まっているパーティであることが明らかになっています。▲目次へ8.白塗りの男(ミステリーマン) ミステリーマンの解釈もリンチ監督とバリーとではそれぞれ異なっており、リンチ監督は彼のことを邪悪な存在という抽象表現にとどめている一方で、バリーによる描写はより具体的なものになっています。"[引用はじめ]だが、彼の姿はフレッドにしか見えない。ミステリー・マンは、フレッドのアルター・エゴ(分身)ではない、アルター・イド(不安や苦痛、不快や恥など、自分にとって不都合な感情や欲求のなりかわり)なのだ。[引用おわり]"(41ページ)▲目次へ9.「お前と俺ならもっとすごいポルノを撮れたな」のセリフについて エディが頭を撃ち抜かれる直前の名ゼリフですね。作品の中では絶妙なハマり具合になっていますが、原文は ”You and me, mister... we can really out-ugly the sum'bitches, can't we?” ですから、「お前と俺は本当に最低のクズ野郎だ」がもっと近くなると思います。 リンチ監督とバリーは小説『ナイト・ピープル』からこのセリフを『ロスト・ハイウェイ』に採用することを決めていて、バリーによる解釈では主人公の体験としてカフカの『変身』を挙げています。"[引用はじめ]彼はあるストーリーを考えていて、それを私に話してくれた。ある日、とある人物が目覚めると別人になっていた、というのはどうかな?という。前の日までとは“まったくの別人”になる。わかった、わたしは言った。カフカの『変身』だろ。でも、ゴキブリに変身させるわけにはいかない。そんなわけで、出発点を設定した。タイトルは『ロスト・ハイウェイ』にする。『ナイト・ピープル』の終わり近くに出てくる一文(『お前と俺は、よお、ほんとうにろくでもねえ野郎だな、そうだろ?』)を使う、変身という考え方については変えない。[引用おわり]"(40ページ) 実はこのセリフは、バリーの小説『ナイト・ピープル』の序盤で、前科持ちのレズカップルのドライブ中にも登場します。"[引用はじめ]Money makes 'em meaner'n shit, don't we already know. Money's the greatest excuse in the world for doin' dirt. But you and me can out-ugly the sumbitches, I reckon.(訳)金は人を狂わせるからね。どんな汚いことだって世の中やっぱり金がモノを言う。でも私らはその中でもどうしようもない部類だと思うわ。[引用おわり]"(『Night People』 5ページ)▲目次へ10.「あの夜」のこと ピートがどうにかなった「あの夜」にはいったい何があったのか。 それは結局作品の中には出てきません。そして、それは制作側も説明がつかなかったために、撮影後に意図的に削除したとリンチ監督は語っています。"[引用はじめ]刑務所長室に、ピートの両親がやって来て、刑務所長、スモーディン医師、ルノウ主任の全員と話すシーンもあった――五ページにわたって。それを結局三、四カットにまで削り、誰も一言もしゃべらなくなっている。(中略)あのシーンのやりとりでは、説明できないことを説明しようとしていた。だから答えよりも疑問ばかり出てきてしまったんだ。それで、あそこではいらなくなった。実際、あそこにあったら邪魔だったさ。バリーと脚本を書いたときにはそれがわからなかっただけだ。[引用おわり]"(30~31ページ) 結局、「あの夜」になにが起こったのかは、鑑賞者が想像するしかありませんが、リンチ監督がこのように説明してくれたおかげで、より明確になったことがあります。 それは、ピート・デイトンという人間自身は存在するということです。 想像世界に生きる抽象的なものでもなく、幽霊でもないことは明確に示されていることになります。▲目次へ11.フレッドの処刑 電気椅子のシーンは撮影されましたが、製作過程で削除されました。 処刑されたのは死刑囚サミーでしたが、フレッドはもちろん彼の処刑をみることはできないにもかかわらず、そこにいるような錯覚を起こし、いずれ回ってくる自分の順番に脅え、絶望的になります。 処刑シーンのカットがところどころ作品の中に挿入されていますので、気になる方は注意深く見なおしてみましょう。"[引用はじめ]刑の執行中に、彼が刑の様子を想像し、反応を示すショットもある。こういったシーンを撮ったために、たとえ死刑のシーンは削ってしまっても、フレッドが反応を示すショットが、ピート・デイトンに変容するシーンにぴったり合ったんだ。[引用おわり]"(30ページ)