ショートストーリー : 地蔵(前編)
街に奇妙な噂が広まった。それは、街角に突如として現れる地蔵の噂である。「突如街角に現れる地蔵だって?そりゃあ、いわゆる都市伝説というやつだな」私がそういうと、「私も最初はそう思ったのですけど・・・」庶務課のももこの話はこうだった。-------------ある日の夕方、ももこは買物の帰り道人気のない道をアパートに向かってとぼとぼ歩いていた。ももこはその日沈んだ気分だった。友人と、ほんの些細なことで仲たがいをしてしまったのだ。そして、あろうことか友人は別れしな、ももこが一番言われたくない言葉を投げつけて去っていった。もっともそれがどんなことかまで、彼女は言わなかったが。いずれにせよ、そんな、心にとげがささったような気分で歩いていたのだ。家に向かう最後の角を曲がろうとしたときだった。突然何かがぶつかってきた。そしてそれはももこの胸にしがみついてきたのだった。一瞬何が起きたかわからなかったが、それが何やら赤ん坊のような大きさであると気づいたとき、ももこは「きゃ~」あらん限りの声で、悲鳴を上げた。そのとき、ももこの脳裏には(子泣き爺)という言葉が浮かんだ。そして猛烈な恐怖に襲われた。「よ、妖怪っつ」というや、ももこは気を失ってしまった。そこから先のことはほとんど覚えていない。気づいたときは、救急車で病院に運ばれていた。気を失う前に最後に見たのは、それが子泣き爺というよりは地蔵に似ていたことだ。そしてそれは手を伸ばし、ももこの胸に突っ込んできたのだ。記憶があるのはそこまでだ。正気に戻るとどこも悪いところがないということでももこは家に帰された。その帰り道、ももこは恐怖というよりは、何か奇妙な感覚に包まれていた。(続く)