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来週半ば、まだ水道復旧の見込みが無いまま、
学校の耐震上の安全確認ができたとの理由で 学校が再開されることになった。 同じ自治体の中、 車で15分移動した先には 糞尿の臭いに満ちた不衛生で 寒くひもじい避難所生活を送っている人がいるのに、 いつどのタイミングでそんな安全確認なんか やってたのかと思うと、 ありがたいと言う気持ちよりも それより先にやることがあるだろうと憤ろしい気持ちが強い。 物を持っているとナイフを突きつけられるとか、 津波被害にあった家に空巣に入るとか、 遺体から貴金属が抜き取られるとか、 10リッターのガソリンを買うのに四時間以上並んで その間何度も小競り合いが起こるとか、 道端の自販機をバールでこじ開けるとか、 津波で流された車の給油口をこじ開けてガソリン抜き取るとか、 もう聞いてもああそうかとしか思えない。 綺麗事では済まされない。 私が居たのは、私が行けるのは、 津波の被害にあったものの、 今は水が引いて寸断されて居ない所なのに。 橋が落ち、 堤防が消え、 道路が寸断された所は いかばかりか。 暴動が起きないのは礼儀正しいからではない。 暴動を起こす力は、 あの冷たい津波に沈んだ多くの人の分も、 生きて行くために使うからです。 地震の日、 冷たい水に浸かって助けを呼び続けて、 力尽きて沈んでしまった人の声を、 多くの人が聞いています。 助けたかった。 けれど、なす術がなかった。 三月なのに、 午前中は晴れていたのに、 空から降る大粒の雪が恨めしかった。 気管まで凍ってしまうような凍てつく寒さが無情だった。 いつもなら、三月にこれほど寒くなる事はないのに。 大津波警報を信じた人がどれだけ居ただろう。 水が来るとは思わなかった。 浸水しても、膝上程度だと思っていた。 南三陸町出身の上司の指示が無ければ、 私も逃げ遅れていた。 通りは信号が動かず、大渋滞だった。 一瞬で、水の壁が全てを押し流した。 ガラスの割れる音、 車が押し潰される音、 電気のバチバチとなる音、 水没した車のベッドライトとテールライトの明滅、 クラクションの音。 水中に投げ出されて必死に助けを呼ぶ声。 そこら中が冷たい水に沈む寒く冷たい無情の夜の、 不気味なまでに美しい星空を、 私たち生還者は絶対に忘れてはならない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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