カテゴリ:真面目な問題
復興構想会議なるものが発足したそうだ。
大規模な防潮堤とか、居住区域を分けるだとか、 本当に実現可能なのかどうか かなり怪しいなと思う。 っていうか今?と思う。 こんなの、もっと早くに始められなかったの? 被災者の支援、救命、不明者の捜索、 これって現場でやってた事だよね? 上の人たちが実際汚泥を掬ったり 瓦礫をかき分けたりしてたわけじゃないじゃん。 それこそ、自衛隊やら警察官、消防士の派遣を決めて、 現場で皆必死にやってくれてたわけだから、 その間もっと上の人たちで、 もっと早くに青写真を書いてくれる事は出来なかったの? つか本当に何やってたの? こっちにくるまで1ヶ月かかって、 今更感たっぷりな時に全く被害がヒドくないとこだけちゃらっと見に来て、 何のパフォーマンス? 現地で避難所暮らしや壊れた家で過ごしている人にとって、 1ヶ月は決して短い時間じゃないよ? 南三陸町の町長さんのインタビューで。 想定していたよりも大きい津波が来た。 今回15メートルの津波が来て、 (想定は多分最大8メートル位だったはず) じゃ次は20メートルの防潮堤を作れば絶対に安全か、 といったら、そんなことは絶対にないと思う。 ハードには限界がある。 その通りだと思う。 同じく、南三陸町では、 防災担当の女性が 津波がくる直前まで防災無線で悲痛な 避難を呼びかける放送をしていたそうである。 (彼女は今日現在行方不明のまま) 私がいた石巻市内では、 津波が来たあとに、 「津波が到達します。高台に避難して下さい。」 となんとも間抜けな防災無線が1度なった位だった。 呼びかけなんていい。 誰かの命が犠牲になる防災無線じゃなくていい。 せめて、役所で誰かがボタンを一度押したら、 たたただ大音量で、 人の気持ちが不安になるようなサイレンが鳴るだけでいい。 あの日。 せめて、もっともっと早くに、 けたたましいサイレンが鳴り渡っていたら、 もっとたくさんの人が避難したのではないかと思う。 静かだった。 誰もが、あの静けさの中で、 津波が来る、 本当に津波が来る、 大津波が来る、、、 想像なんてできなかった。 あの時、ああだったら、こうだったら、 災害じゃなくても、過去のifを並び立てるのは無意味だろう。 けれど、あれだけの人が亡くなった。 自然災害に対抗するには人間はあまりに無力。 それでも。 自然災害に人災を積み上げる事は、 今後あってはならないと思う。 海辺で地震があったら、 少しでも海から離れるように、少しでも早く逃げる。 道路が混んでいたら、 くるまを乗り捨てて、必死で走る。 鉄筋の3階建て以上の建物を目指して。 少しでも早く行動すれば、 少しでも余裕が生まれる。 皆が早く、思いやりのある行動ができれば、 30分はたった30分ではなくなる。 意味のある30分になるはずだ。 15メートルの防潮堤を整備するのが無駄な事だとは言わない。 (実際今回も市街地に到達するのを5~6分防いだそうだ) けれど、 それよりもっと早くに、防災無線のシステム整備と 人の意識、避難訓練をしっかりする事の方が大切ではないのだろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年04月15日 11時13分32秒
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