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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.04.13
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​​​​​アミール・ナデリ Amir Naderi 「山 Monte」 元町映画館 no2
 元町映画館が結構好きなのです。やってるプログラムが、ちょっとシブイんです。見るか見ないか決断を迫られるタイプが多いのです。この映画「山」も、どうしようかなと考えて、映画館の受付の人の顔を思い出して、行くことにしました。​
 今日は、昔からの知り合いの人はいなかったのですが、受付の人とちょっとおしゃべりできて、うれしかったのです。
  自宅から垂水駅まで歩いて汗ばんだせいですね。映画館の椅子に座っても寒かったので、ジャンパーを脱ぐのはやめてサンドイッチをかじりながらコーヒーで一息入れていると始まりました。                  ​ 山のふもとの丘の上のようです。白い布で覆われた小さな遺体を埋葬しているのですね。 風?山鳴り?鳥の声?様々な、うなりのような低い音がずっと流れていて、無言で動いている人間たちが、いかにも貧しいのです。怒りに満ちている、いや、哀しみにくれているのか、けわしく硬い表情と石を集めてきて積み上げていく手の動き。映像が伝えてくるのは、その場を吹き抜けていく透きとおった冷たい空気の流れでした。​
​ 山の音がずっと聞こえています。​
 夜のとばりが下りてきます。美しい男と女がいます。男が汚れた手に櫛を持ち女の髪を梳かしています。 
​ 野良犬がやってきて墓地を掘り返しています。仲間が去って行きます。男(アゴスティーノ )と妻(ニーナ )と息子(ジョヴァンニ)が山の小屋で貧しい暮らしを続けています。​
 美しいのです。しかし、何とも言えない悲しみに満ちた映像が少しづつ物語りつづけています。山の音が聞こえ続けているのですが、人が語る「ことば」はありません。荒涼とした畑には何も育っていません。見ているぼくは、ただ、​呆然と画面にくぎ付けにされています。
 「なにがおこるんだろう?」
 
男が木車を曳いて村に出かけていきます。彼は不可触選民のように指さされ、人々のささやき声が、ただ、さざめく音だけですが聞こえてきます。

 「なにがおこるんだろう?」
  ・・・・・・・・・・・・・
​​ なにも盗んでいないが盗みの罪で追われはじめます。が​​​​​逃げ込んだ部屋には聖母子像磔刑のキリストが祀られています。は祈りの灯がともった大きなローソクを一本手にすると逆さに立て直します。何かを決意した様子で男は部屋を出て行きます。画面には、たくさんの燃え続ける灯火のなかに一つだけ火の消えたローソクが立っているシーンが映っています。​​​
 すべてを失った男が山に帰ってきました。山の音が鳴り続けている中に、男の叫びが響き渡ります。
 「ニーナ―!ニーナー!」
​​​ 妻と息子は逃げてしまった​男の罪​で、刑吏と修道女に連れ去らたあとでした。見ているぼくは知っているのですが、男は知りません。
 「男は怒っているのだろうか。絶望しているのだろうか。」
 の表情から何かが失われたように見えます。
 「何を始めるのだろう。」​​​

​​​​​ は大きな鎚を持ち出し、岩壁を叩きはじめました。ずっと聞こえている山の音に、鎚をふるう「カーン」という甲高い音が混ざって聞こえてきます。は叩き続けます。
 やがてが帰ってきますが、は槌を振るいつづけ、岩盤を叩き続けます。山の木霊槌の音が響き合う不思議な音の世界が広がっていきます。​​​​​

 「何をやっているんだろう?」
​​​ ぼくの中には、不可解と諦めの渦のようなものが心に拡がっていきはじめた、その時、ベートーヴェン―だったでしょうか、場面とそぐわないシンフォニーの出だしの音が聞こえてきてギョッとします。三つ向うの席の女性が、慌ててケータイを取り出し、音が止まりました。画面からは山の音ハンマーの響きが聞こえ続けていて、山がそこに聳えています。​​​
​​​​ 何年たったのでしょう、髭が生え始めている息子が帰ってきます。母親と抱擁し、父親のそばで鎚をふるい始めるではありませんか。やはり、ことばはありません。山の音の中に新しいハンマーの音が響くだけです。
 時が流れているのです。おそらく何十年も。​​​​

​「参ったなあ。何がしたいねん。うーん、どうなんねんな。」​
 延々とつづく山のシーン。繰り返し響いてくるハンマーの音。くたびれ果てて、そっとコーヒーを取り出した。水筒の蓋を開ける手が止まった。突如、結末がやってきた。やっぱり、画面にくぎ付けにされてしまった。
​ 岩壁の頂にまっ赤な太陽が輝き、画面が赤く染められてゆきました。映画が終わったのです。​
 こういうのを脱力感というのでしょうか。ぼくは、座席にもう一度、ぐったりと座り込んでしまいました。
​​ 「いや、いや、参りました。」​
​ 映画館の出口でチラシを見直しました。
​​「これは、黒澤明の精神から生まれた映画だ」​​
​​ ナデリ監督のコメントが書いてあって、妙に納得しました。​​
​​「クロサワか。映像と音響かな。最後の太陽は夕陽かな?朝日かな?うーん、それにしても、ここまでやるか。」​​
​​ 垂水で約束していたお友達と出会って、久しぶりにビールで乾杯。
​​「何、観てはったんですか?」
​「山、モンテっていうやつ。」​​
「面白いんですか?」
「うん、傑作やね。ずっと山たたくねん。ものすごい絶壁があって、岩壁やねんけど、それを叩くの、ハンマーで。見てて、どうなってんねんて思う。」
「それで?」
「いや、それだけやで。一応、結末は黙っとくけど。」
「かわいそうとか?」
「うん、観てる客がかわいそうみたいな。」
「何ですか、それ?」
「うん、見なわからん。ある意味、ホンマの映画かもね。見に行ってき。結果は保証できんけど。かわいそうな、ええ、経験することは保証できるな。ホンマ、結構かわいそうやで、見てる人。」
「エーッ、やめときます。」
「まあ、そういわんと。いっといで。怖ないし、エグないから。ああ、メチャ綺麗やし。ホントはね、あれこそが映画かもしれへんで。」​​
​ 久しぶりに深酒してしまって、帰ってみると時計は次の日になっていて、同居人も寝てしまっていた。​
​​「残念!しゃべる相手がいない。」​​
 監督 アミール・ナデリ
 製作 カルロ・ヒンターマン  ジェラルド・パニチ
    リノ・シアレッタ    エリック・ニアリ
 脚本 アミール・ナデリ
 撮影 ロベルト・チマッティ
 美術 ダニエレ・フラベッティ
 衣装 モニカ・トラッポリーニ
 編集 アミール・ナデリ
 キャスト
 アンドレア・サルトレッティ(アゴスティーノ )
 クラウディア・ポテンツァ(ニーナ )
 ザッカーリア・ザンゲッリーニ(ジョヴァンニ 少年期)
 セバスティアン・エイサス(ジョヴァンニ 青年期)  
 アンナ・ボナイウート
​ 原題「Monte」2016年 伊・米・仏合作 107分  2019-03-26・元町映画館no2​

​追記​
 繰り返し男と女の手のシーンを思い出してしまうのは何故なのだろう。ハンマーを握る手。傷の手当てをする手。神をなでる手。「手」がクローズアップされて、印象に残っている。
 何十年も岩壁を撃ち続ける毎日。そっと触れてくる手の感触。墓場で石を集めていた手がこの映画の描く「人が生きる」ということの姿だったのだろうか。
追記2 2019・08・01
 今年の春に見た映画だけれど、印象が持続している。やはり「手」の表情とでもいうのだろうか。これくらいセリフのない映画もめづらしいのではないかと思うが、記憶の中で「手」が語り続けている。
 黒澤明の映画が、登場人物の立ち姿や、ブランコの揺れ具合で記憶に残っているのと、そこがよく似ているのかもしれない。
​追記2022・12・14​​
​久しぶりに修繕するために読み直して、意味不明だったので修繕しました。3年以上も前に見たのですが、案外よく覚えていると感じるのは錯覚でしょうか。​

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最終更新日  2024.05.17 23:55:42
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