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米本浩二「評伝石牟礼道子:渚に立つひと」(新潮社)
河出書房新社から「池澤夏樹個人編集:世界文学全集」全30巻が2011年に出版されて、その中に日本文学としてただ一作選ばれたのが石牟礼道子の「苦界浄土(三部作)」でした。
「石牟礼道子が世界文学!」 言葉の後ろにつくのが!マークなのか?なのか、微妙なニュアンスで評判になった。「そりゃあ!マークでしょう」と思ったが、出版に際してつくられた「苦界浄土刊行に寄せて」というビデオを見て、どうでもいいやとおもいました。ビデオが気に入らなかったのです。 映画の中で石牟礼道子は、こう語っています。(ぼくなりの要約なので、本物はユーチューブで検索していただけば、誰でも聞けます。) 本当のテーマというのは人間が生きるということについて美しい話をどなたとでもできるようになりたかったというのが悲願のようにありましたのに、うかうかと年を取ってしまいました。 その石牟礼道子が今年(2018年)二月に亡くなって、とてもショックでした。彼女は、ちょうど、ぼくの母親の世代の人でした。彼女の生き方は、なんというか群を抜いていると思っていたのですが、どこがどうなって、そうなっているのかわかりませんでした。 石牟礼道子の死のちょうど一年前に米本浩二という毎日新聞の記者(だった人かな?)が「評伝 石牟礼道子」(新潮社)を発表しました。書いた人は知らない人だったのですが、読みだして納得しました。三年がかりで書き上げた労作でした。 序章に、米本浩二がこの評伝執筆を決意するにあたって、「岩の上でもじもじする」ペンギンの背中を押した渡辺京二という思想家の言葉が記されていました。 渡辺京二は作家(こう呼ぶのは、ぼくには抵抗がありますが、でもまあ作家なのかな?)石牟礼道子を、最初に発見し、その出発から死に至るまで支え続けてきた人だと思います。 支えると言っても、生半可なことではなかったのではないでしょうか。「義によって助太刀いたす」という「水俣病を告発する会」の70年当時のリーダーの、有名な言葉がありますが、渡辺京二という人は、石牟礼道子に対して生涯をかけた「助太刀」を貫いた人だとぼくは思います。世の中には、凄い人がいるものなのです。 本書をお読みいただけばわかることですが、水俣病闘争の初期に石牟礼と出会い、晩年にいたっては、食事の世話、原稿の清書から出版社との交渉に至るまで、黒子のように付き添ってきた人です。 渡辺自身にも「もう一つのこの世:石牟礼道子の宇宙」(弦書房)という評論集があるのですが、その渡辺が米本浩二に語りかけた言葉が本書にありました。 石牟礼道子に密着して話を聞く。伝記に尽きるわけだよ。彼女の言葉と、著書の引用、関係者の証言、この際、戸籍調べもして、ノートも未発表原稿も、ほかのなにもかも全部ぶちこんで、伝記を書く。そういう仕事をするには、己を虚しくしないといけませんからね。若いときは、そういうふうに己を虚しくするのはなかなかできない。ほかにいっぱいするべきこと、楽しいことがあって、己を虚しくしようとは思わないでしょう。熱烈なファンはいっぱいいるんだけどね、そこまでやろうとする人はいないね。だけど、まあ、そんなもんでしょう。 こんなふうに言われて、米本浩二は、その責任の重大さに、きっと震えたに違いないとぼくは思います。 1970年代初頭、首都に翻った「怨」という一文字の吹き流しと、「死民」というゼッケンを発案し、チッソ本社前の路上に患者とともに座り込んだ、闘う人。「苦界浄土」をはじめ、数々の傑作を世に問い続け、今や、世界的評価を得ている作家。 祈るべき 天とおもえど 天の病む 晩年、こう詠んだ詩人について、「変わってますから」と励まされて書くことは、それ相当の肝が据わらなければできる仕事とは思えません。 黒地に「怨」と染め抜かれた吹き流しから私が感じるのは、正体不明の遺物と向き合う生理的、根源的な恐怖である。 石牟礼道子を書くということは、彼女が世に現れた当時、何も知らなかった小学生だった米本浩二にとって、「根源的恐怖」の正体を突き止めようと勇気を奮う決意なしには、なしえなかったのではないでしょうか。 しかし、彼は書いたのです。 米本 封建的な農家の嫁という立場で書くのは大変だったでしょう。 できあがった作品は、例えば、ぼくの「どこがどうなっているのか」、生い立ちは、家族は、生活は、という疑問に、実直に答えてくれています。 石牟礼道子が背負い込まねばならなかった「重い荷物」の由来と遍歴を丁寧に解き明かしているともいえるでしょう。 しかし、それ以上に、米本浩二自身が、石牟礼道子という「もう一つのこの世」に生きた人間を、海の向こうに、はるかに見晴らす渚に立っている印象を、素直にもたらすものでした。書き手の、実直ともいうべき誠実が形になった伝記だと思いました。乞う、ご一読。 追記2019・11・12 石牟礼道子「苦界浄土」はこちらで案内しています。表題をクリックしてみてください。 追記2020・01・23 追記2022・10・25 2018/09/01 ボタン押してね! ボタン押してね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.10.25 08:09:42
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