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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.04.16
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​青年団 「ソウル市民」・「ソウル市民1919」 伊丹アイホール

​​​ 2018年の秋のことになりましたが、久しぶりに劇団「青年団」伊丹アイホールにやってきました。演目は​「ソウル市民」「ソウル市民1919」でした​。一日通しチケットを取り損ねたので、二日がかりの観劇ということになりました。二日とも満席です。客席に座ると観客の年齢層が妙に高いんです。​​​​​
 「これは、いったいどういうことやねん?」​​
 BGMなし、場面転換・暗転なし、複数同時・観客席背中向けセリフあり。これが、いわゆる「青年団」=「静かな演劇」3原則です。
 これに一番弱いのが、たぶん、新劇的舞台の鑑賞経験のある高齢者だと思います。下手をすると腹を立てる人もいるのではないでしょうか。
 もう、十年以上も前のことになるのですが、隣に座った女性が寝息を立てて、まあ、いびきとは言いいませんが、寝続けるという困った現場に遭遇した経験が忘れられません。
 「青年団」観劇で選べる時の席選びのコツは、そういう可能性を感じる人のそばは避けるというのが、ぼくの心得です。「静かな演劇」鑑賞時の規則的な寝息は、眠気を誘発するのです。今日はリスクを予感させる客が山盛り来ています。
 
「ヤバイ!どうしょう。」
 今回はチケット予約が遅れたので入場番号が大きいのです。従って、席を選ぶ余裕はありません。
 
「ああ、どうしょう。」


​​  ​​二日とも、そんな、落ち着かない満員御礼の劇場で、久しぶりに「静かな」舞台の幕が上がりました。いやいや、初めから幕はありませんがね。
 芝居は始まりました。初日の「ソウル市民」は、イマイチの印象でしたが、二日目の「ソウル市民1919」は文句なしでした。​​​​

 ​​初日の「ソウル市民」には、舞台の客との間に、何か隙間のようなものがあると感じました。平田オリザの「静かな」芝居が、関西の年配の客の中に浮いていると感じたのは、ぼくの思い込みだったのでしょうか。​​
​​​  日韓併合の前年1909年の漢陽を舞台にしたのが「ソウル市民」です。一方、1919年3・1独立運動当日、つまり1919年3月1日の京城を舞台にした、のが「ソウル市民1919」ですね。​​​
 「ソウル市民」は、その劇中で、朝鮮を訪問していると語られている「伊藤公」、伊藤博文が10月26日ハルビン駅で暗殺される、その直前、あるいは当日を描いています。二本目の「ソウル市民1919」では、劇中で屋敷の外が騒がしいのですが、3・1独立運動が始まり、やがて弾圧が始まる、まさに、その日のソウルの出来事を描いているからです。​
 
二つの舞台の間には歴史的な「時間」が流れています。本当は「町」の名前さえもが変わったはずです。人々の生活のなかでも、10年の歳月が確実に経過しているのです。​
 
​​舞台の上では、山内健司が演じる篠崎家の当主が、宗一郎から謙一へ、天明瑠理子が演じるその妻が、春子から良子へと変わっていることで、時間の経過はあきらかなのですが、同じ俳優で演じられているために不思議な誤解、いや、混沌が生まれます。​​​​
 もしも、ぼくが
​​同日に二本続けて観ていたとしたら、「ソウル市民」で朝鮮人の女中と駆け落ちした謙一が、実は「1919」では日本を嫌い本土の人間との再婚を拒む妹幸子を叱っている、篠崎家の当主だと気づけたかどうか、そのあたりは判りませんね。​​
 しかし、二つのお芝居で、舞台上の登場人物たちは、あきらかにの変化していました。年齢とか俳優の顔の話ではありません。変わらない同じ屋敷のセットの中で、たとえば、女中たちの仲間同士の言葉遣いや、書生たちの新聞を見ながらの政治談議のなかに忍び込んでいる感覚が変わっているのです。これを演じられるのが「青年団」のすごさだと思いました。
 
近代の「日本人」の、蝦夷、琉球に始まり、朝鮮、中国、南洋へと至る、アジアの民衆に対する、増上慢とでもいうべき高慢と蔑視の感覚が、ぞっとするほど如実に演じられているのです。
 
中でも、本土の文通相手を恋人のように待ち焦がれていた女学生だった幸子が、本土の地主の跡取りとの結婚に失敗した経緯を語る激しさと、その論理の異常さを舞台に響きわたらせ、一方で、「イントレランス(不寛容)」という映画の題名を繰り返し口にするのシーンの苛々とした様子が印象的でした。
 
彼女の不寛容が、この後の二十年、どこに向かうのだろう。ひょっとして、これは大日本帝国そのものの「不寛容」を象徴的に語っているのではないでしょうか? 
 
​​「1919」は途中、「青年団」の芝居としては珍しいことだと思いますが、歌を歌ったりオルガンを弾いたりするのですが、その声や音の響きが、遠い「時間」を感じさせて胸を打ちました。​​
 
平田オリザの芝居はいつも、どの演目もぼくには「哀しい」のですが、その哀しさが音楽として響いてきたのは胸にこたえました。​​
 
最初に朝鮮人の女中たちが歌い出したのアイルランド民謡の声の響きとしぐさのうつくしさ。きっと、独立を誓う歌に違いないのだが歌詞がわかりません。朝鮮語だから仕方がないのですが、とても残念でした。
 
続けて幸子とオルガン教師島野の「浜千鳥」の合唱。オルガンの音色が舞台に、何ともいえない哀しさを広げてゆくのです。
 
​​最後のシーンは添田唖蝉坊の息子、添田知道の、ぼくらの世代でさえ知っている「東京節」でした。​​
 ♪♪ ラ―メチャンタラギッチョンチョンデ  パイノ パイノ パイ ♪♪
 ​繰り返す「♪♪パイノ パイノ パイ」に舞台の人々は浮かれて歌いだすのですが、陽気な東京節が暗示するのは、陽気な未来ではないことを現代の観衆は知っているはずです。​
 舞台は歌とともに暗くなりました。
 アイホールを出て、阪急伊丹駅に向かって歩きながら、ふと気づきました。
 「そうか、あそこから100年か。」
​ 一見、無邪気な、幸子のような「不寛容」が社会をすみずみまで覆い始めています。平田オリザがこの社会の「姿」を射程に入れていないはずはありません。​
 「なるほど、そうか。さすがオリザ、したたかなもんだ。」
 三ノ宮駅まで帰ってきて、駅前にある喫煙コーナーで煙草を喫いながら、バスを待っていました。午後8時を過ぎていましたが、静かな「篠崎家」の食卓の人々が演じていたものが、そこら中にあるような人混みがありました。
 「ああ、あの芝居は、マジ、リアルかもしれんな。」     
​​追記(訂正版)2018/11/23
​​​​​​​  ​阪神大震災の後、劇団「青年団」が​​​​​​「北限の猿」「東京ノート」を持って伊丹アイホールにやってき始めました。それを見始めたのが始まりでしたが、もう20年の時間が流れました。「ソウル市民」だって、三度目になるのではないでしょうか。その頃からの、おじさん役の名優志賀廣太郎さんが倒れたニュースに接して、涙がこぼれそうになりました。最近ではテレビや映画で活躍する、有名人になってしまったのですが、ぼくにとっては「青年団」のオジサンです。いろいろ書いてみたいこともあります。マイナーだった青年団の中で、青年じゃない彼は際立って見えていました。好きな俳優さんです。早く元気になってほしい。​​​​​​​
追記​​2019/05/06
​​ 以前の追記で志賀廣太郎さんについて、失礼でとんでもないことを書いてしまいました。深くお詫びいたします。コメントで指摘してくれたピーチさんありがとう。
追記2020・04・20
 平田オリザ率いる「青年団」が根拠地を、兵庫県の北部、但馬の豊岡市に移すという、驚くべき、快挙!
 コロナ騒動の中「江原河畔劇場」のこけら落としが行われたようです。今後の動向に期待しています。​​





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最終更新日  2020.10.09 09:44:29
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