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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.05.15
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​池澤夏樹「カデナ」(新潮社)
 ちょうど十年前、ぼくは高校生に向かってこんな「読書案内」を書いていました。高校生の歴史離れ、無関心が本格化する中で、特攻賛美まがいのロマンチックな小説が流行し、総理大臣が腹痛を理由に職を投げ出したころですが、沖縄の普天間基地移転の話は始まっていました。以下、その時のまま掲載します。

  ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※     

 沖縄にあるアメリカ軍の基地をどこに移転するかということが大きな問題になっています。去年の秋に人気スターのように総理大臣になって、憲法を変えたいと騒いでいた人が、無能の象徴のようにして辞職してしまいました。
 ところで、なぜアメリカ軍の軍事施設が日本にあるのか。実際に活動している大きな米軍基地が、なぜ沖縄に集中しているのか。高校生諸君は知っているのでしょうか。

​​  池澤夏樹の新作小説「カデナ」(新潮社)は1968年の沖縄、嘉手納基地が舞台です。1968年の夏、ベトナムで、沖縄で、何があったのか。そんな事は何も知らない10代の人たちが読んで充分面白い小説だとぼくは思います。​​
 主な登場人物は模型飛行機屋のおじさん、嘉手刈朝栄。フィリピン人の美女で、且つ、米軍基地の将校秘書フリーダ=ジェインさん。ベトナム人の貿易商安南さん。B-52のエースパイロット、パトリックくん。米軍基地でライブをやっているバンド・ボーイ、沖縄の少年タカくん。
 アメリカの軍人、フィリピン出身の女性、商人、地元のおじさんと少年です。

 カデナ基地にその夏から配備されたB-52のパイロット、パトリックと秘書のジェインが恋に落ちます。
「きっと疲れているのよ」とあたしは言った。彼は無言。「また試しましょ。今日は星の巡り合わせが悪いのかもしれないし」やはり無言。男にとって屈辱なんだろうなと思った。
​ 最初のデートの夜の様子がジェインの言葉によればこんなふうなんです。何だか元気がない、実にアンチクライマックスな展開で小説がはじまります。
 高校生に小説を紹介しながら、男女のいちばんきわどいシーンを最初の話題にするなんてどうかしている。PTA総会が待っているんじゃないか。そんなご批判もあるかもしれません。
 いやいや、ちょっと待ってください。この小説を、この後、フムフムと読んでいくと、このシーンはとても大事なんだってことがわかるのです。​

 当時、世界最大の戦略爆撃機、一機あたり20トンの爆弾を搭載して北爆に出撃していたB-52のエースパイロットが、自らデートを申し込んだ女性と、さあ・・・というシーンになって、しょんぼり寂しそうにするのはなぜなのでしょう。
​「サイゴンに爆弾を落とした?」とあたしは彼に聞いたことがある。パトリックは嫌な顔をした。だいたいB-52に乗る連中は爆弾という言葉が嫌いだった。爆弾とか爆撃といわないで、荷物とか配達って言う。パトリックは任務の話はしない。夜になってもその日のコックピットでの数時間のことは言わない。武勇の話は一切なし。下から飛んできたミサイルや高射砲弾やすれちがったミグのことは言わない。子供の頃の話は良く聞いたけど。​
​​​​​​​​ パトリックが仕事である爆撃のことを話したがらないのはなぜなのでしょう。それがこの小説では、見落としてはいけないポイントなのです。
 やがて、小説はパトリックを愛しながら、いや、愛しているからこそジェイン模型屋のおっちゃんベトナム人の貿易商沖縄の少年と四人組を組んでカデナの基地の中からB-52の出撃計画をスパイし、北ベトナムに情報を流すという展開になります。
 そうなった、詳しい経緯は読んでもらうとして、愛するパトリックの出撃をスパイすることが、ジェインにとって裏切りにはならないという、彼女の心の動き方を、読者のぼくがリアルに納得しようとしたときに、さっきの二つの何故が大切なんです。
 パトリックは戦争そのものに傷ついていると考えたジェインが​、彼をいたわるためには、彼が運ぶ荷物が誰も殺さないようにすればいいわけです。彼女が戦争そのもを操作することで、爆撃の罪を消すことができる。そのために自分にできることは、何かと考えたにちがいないとこのシーンは物語っているのです。​​​​​​​​

​  読み進めていくと、パトリックがもっとも恐れていたことは、ベトナム戦争末期に計画され、実行がシリアスに検討されたらしい原爆による北爆の可能性でした。なにしろ、B-52という爆撃機は常時、原爆を搭載して長距離爆撃を目的に開発された飛行機だったのですからね。​
 パトリックの搭載貨物に対する不安と怖れは、結果的には杞憂に終わります。読者はヨカッタ、ヨカッタとホッとします。ところが、どっこい、やはりそこは戦場だったのです。とんでもない落とし穴が待ち構えていました。というわけで、あとは読んでのお楽しみですね。
​​​  米軍から兵士を脱走させるべ平連の活動が、大きなエピソードとして描かれているのも、ぼくたちの世代には懐かしい話なのですが、ここまで書いて、誤解の無いように付け加えますが、この小説は楽しくほろ苦い青春小説だとぼくは思います。ジェイン、パトリック、主人公のタカ。みんな若いのです。ぼくが、ここまで語ったのは、小説のサイドストーリーでした。
 現実社会と対峙し、その桎梏にもがくのは、ジェイソンパトリックだけではないのです。一人一人の若者が、それぞれの状況と向き合い、乗り越えようとするところにこそ「青春」はあるのです。作家は書こうとしているのは、そこのところなのではないでしょうか。ジジ臭い結論でどうも、ははは。​​​

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※     

 あれから十年たった。ぼくは仕事をやめて、ただの徘徊老人になった。東北で大きな地震があり、原子力発電所の爆発があった。「おなかが痛い」と言ってやめた政治家がまた登場して、憲法を変えると騒いでいる。かもしれないと疑っていた「作家(?)」は、インチキな正体をあらわし、歴史修正主義の売文家へと転身しているように見える。相変わらず人気はすごいらしい。
 眼をそむけたくなる現実だが、「戦争を!」と、口に出して言う国会議員まであらわれるに至って、ただ黙っているのは癪に障る。穏やかに、戦争って何?を書いている作品の案内くらいはしたい。それくらいのことならできるかもしれない。(2019・05・14)(S)
追記2020・05・04
 新コロちゃん騒動が社会を根元から変える様相を呈してきました。今、本当のに苦しんでいる弱者を救うという考え方以外に、このような危機を乗り越えるすべはないと思っていましたが、「一体化」ムードで弱者を切り捨てている権力者が「新しい生活秩序」などということを口にし始めました。権力者の無責任を、むき出しにした言質という自覚もないようです。
 利権主義で国家を利用してきた人たちには千載一遇のチャンスを利用し始めたようです。
 マスクを配るというたわ言で数百億の金が使途不明化している可能性すら現実に進行中です。沖縄の基地移転計画もお金だけは使われたようですが頓挫しています。どうなっているのでしょうね。

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最終更新日  2023.09.29 11:17:12
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