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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.08.04
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カテゴリ:映画 韓国の監督
イ・チャンドン「 バーニング 劇場版」 元町映画館
​​​
 ​​​「村上春樹の小説『納屋を焼く』の映画化」という触れ込みに、何となく心騒いで見に行きました。元町映画館です。
 映画が始まりました。青年がトラックから荷物を運び終わって、物陰でタバコを喫います。ショッピングセンターに商品を運んできたようですが、建物の前では若い娘が商品のPRをして踊っています。
 チラシの、向かって左の男がその青年で、役名は
​​​​ジョンス、演じているのはユ・アインです。真ん中に座っているのが、やがて行方がわからなくなる女性で、役名はヘミ(チョン・ジョンソ)です。​右側に座っているのが、納屋ならぬビニールハウスを焼く男​​ベン(スティーブン・ユァン)です。​​​​
​​​​​​​​​ ​ジョンス​​ヘミ​は、経緯は忘れましたが仲良くなります。ヘミの部屋で二人はセックスに及びます。ここで、「エッ?」という、最初の違和感を感じました。裸になったヘミが、​ジョンス​に対して避妊具を差し出すのです。が、これがパッケージされていないまんまのコンドームなんです。このシーンのもたらした困惑。それがこの映画の総てだったかもしれません。
 「この映画、なんか、へんだ。」
 ジョンスが作家ではなく、作家志望の青年であること。彼が失踪した、いや、行方不明にになった​ヘミ​の部屋を訪ねるて、その部屋で猫を探すこと。彼に38度線の南に位置していて
「北」の宣伝放送が聞こえてくる故郷があること。薄暮の中で踊る​ヘミ​、このシーンは異様に美しいのですが、それを見る​ジョンス​の呆然とした姿。​ヘミ​の失踪後​ベン​の素性を調べ、最後には彼を焼いてしまうこと。
​​ 村上小説のファンだということもあり、既成の小説を原作にしているという思い込みもあって、見ているぼくの関心は原作の記憶に引きずられ続けているのですが、ここにあげたシーンに該当する場面は原作にはありません。困惑の理由はたぶんそこにあって、映画の罪ではありません。
 考えてみれば当たり前のことですが、この作品は​監督イ・チャンドンのドラマです。この映画の肝は原作の小説にはない、これらの要素の中にこそあると思いました。​
​​​​
​​​​​​​ 彼は現代の「韓国」という「世界」を、批評的に描こうとしている表現者なんじゃないでしょうか。
 原作にもあって、映画でも描かれる二つのディーテイルがあります。一つめは​ヘミ​がうつくしい手の動きで演じて見せながら語る「蜜柑むき」のパントマイムのコツの話です。
「要するにね、そこに蜜柑があると思い込むんじゃなくて、そこに蜜柑がないことを忘れればいいのよ。それだけ」
 二つめは、原作小説では「時々納屋を焼くんです」というセリフですが、ベンによって「ビニールハスを焼くんです」と言い換えられた告白です​
​​​​​​ この二つの「春樹的ディテール」が、この映画の「わからなさ」を深めながら、見ているぼくを謎解きの誘惑に誘い込んでいきます。
 「蜜柑むき」は、小説では女性のはじまりからの不在、ひいては作品世界そのものの不在を暗示していると思うですが、映画にすると犯罪の謎を暗示してしまいます。「納屋を焼く」も同じ形の暗喩で、日本の農村に点在する納屋なんて本当はないのですが、小説は「ないことを忘れ」させ、イメージとしての納屋を連想の中に思い浮かばせることをねらっていると思うのですが、ビールハウスは日本にも韓国にもあるのです。あるものは焼けるのですが、なぜ焼くのか答えはありません。そこから「殺人」の実在が暗示されていきます。

 見終えて思い出したのは、村上春樹​と同じ時代を描いた作家中上健次でした。ジョンス「十九歳の地図」の主人公「僕」とよく似ていると思いました。中上健次の小説は主人公「僕」本当はそんなものはないのですが、自分を取り巻く世界に、自分に対する悪意を妄想し、それに対して憎悪を対置させた青春小説の傑作だと思いますが、
ジョンスの心の動きは「僕」をなぞっているように感じました。
​​​​​ 最後にベンを車ごと焼いてしまう​ジョンス​はどこに行くのでしょう。どこか、青年のやり場のない怒りと「わからなさ」が印象に残った映画でした。何はともあれ、「謎」春樹的でしたが、やり場のない怒り「春樹ワールド」とは遠いのではないでしょうか。
 ぼくには70年代日本の文学シーンを喚起させてくれた作品でしたが、案外、ビビッドな現代韓国社会を映し出した傑作なのかもしれません。ウーン、案外ありがちなのですが、原作に振り回されて映画を見損ねた気がしますね。難しいものです(笑)。
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 監督 イ・チャンドン

 製作 イ・ジュンドン  イ・チャンドン
 原作 村上春樹
 脚本 オ・ジョンミ  イ・チャンドン
 撮影 ホン・ギョンピョ
 美術 シン・ジョムヒ
 衣装 イ・チュンヨン
 音楽 モグ
 キャスト
    ユ・アイン(イ・ジョンス)
    スティーブン・ユァン(ベン)
   チョン・ジョンソ(シン・ヘミ )​​​
 原題 「Burning」
​​ 2018年 韓国 148分
 2019・03・10・元町映画館no16

追記2019・11・18
イ・チャンドン「ペパーミントキャンデイ」​を観ました。感想は表題をクリックしてくださいね。
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最終更新日  2023.06.08 22:45:08
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