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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.09.27
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  ​​​塚本晋也「野火」シネ・ヌーヴォX​​
​​​​​ ​作品の名前は聞いていました。見たことはありませんでした。監督が塚本晋也です。彼の映画も知りません。夏の定番なのだそうです。「野火」です。大阪九条の「シネ・ヌーヴォX」という映画館​にも、今回初めて伺いました。
 分隊長の前で最敬礼している田村一等兵が、罵声を浴びせられ、殴られているシーンから映画は始まりました。次に野戦病院のシーンでした。
  映画が公開された当時、グロテスクで残虐ということが話題になったと聞きましたが、さほど感じませんでした。一方で、「リアル」という感じもあまり湧いてきません。想像しうる限りの戦場のリアリズムというより、ある種、「象徴化されたデフォルメ感」が、残ったというのが正直な感想です。​​​​​​​​

​​​​​​ 大岡昇平の原作「野火」をお読みになった方は気づかれると思いますが、この映画は「エピソード」や「会話」が原作にかなり忠実に作られていると思いました。
 喀血した田村が、所属部隊から捨てられ、野戦病院からも追い出され、ジャングルを彷徨するほかない運命へ追いやられることから始まり、教会での住民の殺害、人肉嗜食をめぐっての同僚の殺害、捕虜となって生き延びる境遇まで​、「あらゆるものから捨てられた一人の人間」の、過酷といえば、あまりにも過酷な戦争体験を、「人間」が「人間」をやめる「血みどろの姿」として描き切った
監督塚本晋也​​​に脱帽しました。
 しかし、かすかな不満も残りました。
 それは、一旦「人間」をやめさせられて戦場をさまよい、それでも帰って来た田村の苦悩と「妻」との描き方です。
 この映画のラストは、苦悩する田村の姿を、覗き込む「美しい妻」の姿ですね。そこには戦場から帰ってきた「人間ではないもの」に対する、ある「冷酷さ」が漂っています。しかし、監督はそれ以上描くことはせず、映画は終わります。
 小説では、精神病院に、自ら、逃げ込んだ田村のこんな言葉があります。​​​​​
​​
 私の家を売った金は、私に当分この静かな個室に身を埋める余裕を与えてくれるようである。私は妻は勿論、附添婦の同室も断った。妻に離婚を選択する自由を与えたが、驚くべきことに、彼女はそれは承諾した。しかもわが精神科医と私の病気に対する共通の関心から感傷的結合を生じ、私を見舞うのをやめた今も、あの赤松の林で媾曳しているのを、私はここにいてもよく知っているのである。
​ どうでもよろしい。男がみな人喰い人種であるように、女はみな淫売である。各自そのなすべきことをなせばよいのである。​
​​​​​​​​ 復員した田村は、「美しい妻」からも捨てられるのです。「PTSD」という概念があります。帰国したベトナム戦争従軍の兵士たちの症状から、アメリカの精神医学界で、1980年代に確立されたと思いますが、大岡昇平は1940年代の後半、すでに、「従軍兵たちを最後に奈落へ突き落とすのが、帰ってきた『平和』な社会であること」を見破っていたのではないでしょうか。
 「映画は最後に口籠った」という印象をぼくは受けました。そこが、この映画に対する不満と言えば言えます。「グロテスクな平和」という視点は、ないものねだりでしょうか。
 ところで、この映画を見ながら、涙が止まらなくなったシーンがあります。
​​​​​ 田村一等兵がどこまでも広がるジャングルを、丘の上からずっと見るシーンです。涙の理由はいうまでもありません、この後ろ姿の兵士こそ、大岡昇平その人だと、ぼくには見えたからです。​

​ 大岡昇平の文章は端正で理路整然とした翻訳文的な記述にその特徴があると思いますが、もう一つ、「描写の空間性」とでもいえばいいのでしょうか、「兵士の眼差し」による空間的な「世界把握」にこそ、その文体の独自性があると思います。​
​ 今、ここが、地図上のどこであるのか、煙は、どの方角に上がっているか、それを見損じれば命にかかわる空間認識が、彼の文章には常に伏在しています。
 映画を見ているぼくには「美しいジャングルの遠景」としか見えません。しかし、さまよい歩く兵士にとっては、明らかに苛酷で命がけの見晴らしに広がるこの風景が、「帰ってきた」作家大岡昇平の脳裏に、生涯、何度、去来したことでしょう。​

 ぼくにとっては、最も尊敬する作家​大岡昇平​の、戦場での孤独を彷彿とさせた「このシーン」を撮ったこの映画が「忘れられない一本」になったことは間違いありません。​​​​​​​​​​​

監督・製作・脚本・編集 塚本晋也
原作 大岡昇平
撮影 塚本晋也 ・林啓史
音楽 石川忠
助監督 林啓史
キャスト

 塚本晋也(田村一等兵)
 リリー・フランキー(安田)

 中村達也( 伍長)
 森優作( 永松)
 中村優子(田村の妻) 
 ​山本浩司(分隊長)​

 ​​2015年 日本 87分 2019・9・12シネ・ヌヴォー​​

​追記 2019・09・26​
​​​​​​​​ 徘徊を始めてから買わないことにしていたのに、思わず買ってしまったパンフレットに、評論家の佐藤忠男が書いていました。
 テーブルに放り出していたパンフレットを読んでいたチッチキ夫人が突如、こういいました。
​「大岡昇平さんって、戦争に『参加』したの?この書き方って、なんか変じゃない?」​
「えっ、どういうこと?」
​​「参加って、変じゃない?大岡さんが生きてたら、キレれるでしょ。せめて、参加させられたでしょうよ。運動会じゃあるまいし。」​​
 マジギレしていました。
 指摘されて、初めて気づきました。佐藤忠男という人の映画評論は「黒澤明の世界」をはじめとして、たくさん読んできました。にもかかわらず、何だか、気持ちの悪い、この言葉遣いに、啞然としました。最近の世間の風潮とも、何となくつながっている感じがしました。
 佐藤忠男自身も予科練出身の戦争体験者だったと記憶しています。彼は戦争に「参加」したのでしょうか。そうかもしれないですね。
 しかし、映画は「野火」。パンフレットには、原作者が一兵士として「参加」した太平洋戦争と書いてあるのです。大岡昇平は、戦争に「参加」したのでしょうか?
 ぼくとチッチキ夫人は変なことにこだわっているのでしょうか。
 当時、戦場に連れていかれた兵士は山のようにいると思います。しかし、「参加」した兵士が、そんなにいたのでしょうか。自分から「参加」したのなら「苦悩」や「悲惨」は、ナルシズムか事故ということで、いいんじゃないでしょうか。
 そう考えながら、ぼくは思います。ヤッパリ「戦争に参加」なんていいかたは、間違っています。そう思ったことは、書き留めておこうと思います。読む人に、不愉快を感じさせることはあるかもしれませんが、これに関しては仕方がないことです。​​

​​​​​​ いろんなところから、いい加減がにじみだしてきているようで、とても嫌なんです。
追記2020・08・01
 今年も八月になりました。大阪九条のシネ・ヌーヴォ―のプログラムには「野火」があります。小さな名画座がこの映画を毎年上映する心意気に拍手を送りたいと思います。
 もっとも、ぼく自身は「新コロちゃん騒ぎ」の最中でもあり、地理的にも少し遠い大阪ということもあって、とても出かけてゆく元気はなさそうです。とほほ・・・。
追記2020・10・13
 大岡昇平「靴の話・戦争小説集」「成城だより」を久しぶりに読み直す機会がありました。思い出したのはこの映画で小説を書いている、復員した田村の後ろ姿でした。小説の「野火」では、狂気の人として描かれていますが、作家の大岡昇平は「理性の人」として戦争を描き続けました。しかし、一方では「花影」の作家でもあったわけです。
 個人的な思い入れですが、もう一度、この作家の作品を読み直す時期がやって来たように感じました。
 
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最終更新日  2023.09.08 09:50:15
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