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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.10.07
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​村上春樹「風の歌を聴け」(講談社)​

 シネリーブルで映画を見ていると「ドリーミング村上春樹」というドキュメンタリー映画の予告編が始まって、「完璧な文章などというものは存在しない」というテロップが流れて、ハッとしました。​​
​​​​​ 村上春樹といえば、今や、ノーベル文学賞の有力候補であり、初期から中期の作品は「全作品19791989(全8巻)」・「全作品1990~2000(全7巻)」としてまとめられています。その後も「海辺のカフカ」から「騎士団長殺し」まで、長編だけでも、5作という作品の山があるわけですが、この作家のデビュー作「風の歌を聴け」の最初のページを記憶しておられる方はいらっしゃるでしょうか。​​​​​ 

完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
 ぼくが大学生の頃偶然知り合ったある作家はぼくに向かってそういった。ぼくがその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少なくともそれをある種の慰めとして取ることも可能であった。完璧な文章なんて存在しない、と。 
​ しかし、それでも何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。ぼくに書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。たとえば像について何かがかけたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。そういうことだ。​

​ ​これが、村上春樹が世に出した最初の小説の、最初の文章なのですが、映画はこのセリフを使っていたわけで、まあ、当然といえば当然という気がします。しかし、20代で彼の小説に出会い、以来40年近く、その作品の読者であった人間には、また別の感慨がありますね。
​​ 彼の比喩を真似るなら、彼は「象の話をしているのか、象の檻の話をしているのか」いつもそれがわからない。新しい彼の作品を「読むという段になると、いつも絶望的な気分に襲われ」ながら、それでも繰り返し読んできたのは何故だろう。それが、ここから始まったんだなあ、まあ、そんな感慨です。​​
​​​​ ぼくは40年前に「風の歌を聴け」1973年のピンボール」を続けて読みました。それが始まりです。そして数年後に、出たばかりにの「羊をめぐる冒険」を読んだ時の絶望感を、今でも、はっきりと覚えています。​​​​
「ぼくは、この人の小説が、何ひとつワカッテイナイノニ、ワカッタフリヲシテイル。
 こんな感じでしたね。でも、ぼくは自分の中によどんでいる絶望を押し隠して、新しく出る彼の作品をくまなく読み続けました。その間に、彼の作品はファッショナブルなアイテムのように、文字通り世界中の読者に受け入れられていきましたが、一緒にはしゃぐ気持ちにはなれませんでした。
​「みんなは、ナニガワカッテ、読んでいるのだろう。」​

そんな感じでした。
​​ 映画館から帰ってきて、久しぶりに「風の歌を聴け」を書棚の奥から引っ張り出しました。ここから少し「案内」しますね。​​
​​​​​​ この小説は197829になった「僕」が、21歳の夏の出来事を書き記した作品です。書き手の「僕」が文章のお手本にしているのはデレク・ハートフィールドという、1938年​にエンパイアステートビルの屋上から傘をさして飛び降りて死んだアメリカの作家だということがまず語られますが、村上作品が初めての方にはこの作家をお探しになることを、まず、お勧めします。きっと面白いことを見つけられると思いますよ。​​​​​​
​ さて、「僕」の物語です。小説の第2章にこう書かれています。

​ この話は1970年の88日に始まり、18日後、つまり同じ月の826日に終わる。​

​​​​​​​ 東京の大学の4年生であった「僕」が、海の見える故郷の町に帰郷し、「ジェイズ・バー」という酒場で「鼠」と名乗る青年と、やたらビールを飲み、「小指のない女の子」と出会う。ビーチ・ボーイズをはじめ、おしゃれなアメリカンポップスがラジオやジューク・ボックスから聞こえてくる。「村上春樹ワールド」の始まりです。​​​​​
 この小説には、村上ファンには、誰でもとはいいませんが、かなり知られた謎があります。少し注意して読んでいくと、書き手の「僕」が書いている内容は19日間の出来事」として収まっていないという事実に気付くはずです。もう一週間余分にかかってしまうのです。​​​
​​​​ 亡くなった、批評家の加藤典洋「村上春樹イエローページ」(幻冬舎文庫)で、丁寧に分析していらっしゃるので、そちらをお読みいただきたいのですが、「こっちの世界とあっちの世界」、「同時進行する、二つの時間」という、もう一つの「村上ワールド」が、この作品ですでに描かれていたのではないか、というわけです。​​​​
​​​ この話に関連していえば、今回、久しぶりにこの本を手にして面白かったことがありました。このブログ記事の最初に貼った写真をご覧ください。
 「風の歌を聴け」(講談社)の単行本は、「倉庫が並ぶ波止場で座っている青年」を描いた佐々木マキのイラストカヴァーが付いた本なのですが、それを剥ぐった本体の写真です。
 真ん中に「HAPPY BIRTHDAY AND WHITECHRISTMAS●」というロゴが入っていますね。    
​ 小説の39にこんな文章があります。

 これで僕の話は終わるのだが、もちろん後日談はある。
僕は29歳になり、鼠は30歳になった。

 鼠はまだ小説を書き続けている。彼はその幾つかのコピーを毎年クリスマスに送ってくれる。昨年のは精神病院の食堂に勤めるコックの話で、一昨年のは「カラマーゾフの兄弟」を下敷きにしたコミックバンドの話だった。相変わらず彼の小説にはセックス・シーンはなく、登場人物はだれ一人死なない。原稿用紙の一枚目にはいつも
「ハッピー・バースデイ、そしてホワイトクリスマス。」
と書かれている。ぼくの誕生日が1224日だからだ。

​​​ ​​​もう、お気づきでしょうか?この小説は「僕」の小説ではなくて、「鼠」が今年送ってきた小説なのです。加藤典洋の指摘とも関係しますね。作中の「僕」は、作中の「鼠」が書いた小説中の一人称であるということを、カバーに隠された「本の装丁が語っていた」わけです。久しぶりにちょっと興奮しました。​​​​ 
 「ハートフィールド」といい、「装丁」といい、たくらみにたくらみを重ねた作品というわけですが、「ワカッタ!」というわけにはいかないところが困ったものです。どうでしょう、懐かしい作品だと思いますが、もう一度なぞ解きを楽しんで見るのも悪くないのではないでしょうか。​​​
​ 村上自身は初期の作品群をあまり評価していないと聞いたことがあるような気がしますが、やはり、ここが始まりだとぼくは思いますね。ちなみに、村上春樹​の誕生日は1949年1月19日らしいですよ。(2019・10・06​
追記2022・10・26
​​ 本読みの集いというか、参加している読書の会で村上春樹の話が出て、「そういえば」と、以前、このブログに書いたことを思い出して、久しぶりに読み直して、修繕しました。
 村上春樹という作家には、ここでも書いていますが20代で出会って以来、40年以上付き合ってきたわけです。​加藤典洋​​「イエローページ」​​内田樹​​「ご用心」​に限らず、多くの人が彼についてあれこれ書いていて、そういうのも追いかけてきたわけですが、やっぱりよくわかりませんね。
​最近「一人称単数」(文藝春秋社)という短編集を読読みましたが、ナルホドと納得しながら、やっぱり「わからなさが」引っ掛かりましたね。
 ただ、彼も、いよいよ、「老い」に直面しているんじゃあないかというのが、新しい印象でした。彼も70歳を越えたはずですし、読んできたこちらも60代をそろそろ終えるわけです。以来、40数年、時が経つのは止められませんね。いやはや・・・トホホ。​

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最終更新日  2023.05.23 23:56:32
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