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カテゴリ:映画 アメリカの監督
フレデリック・ワイズマン 「パナマ運河地帯」元町映画館
元町映画館で見始めたワイズマン特集二日目です。。1977年に撮った映画だからほぼ40年前の作品です。撮影はウィリアム・ブレインというカメラマンで、モノクロです。 「これで、3時間持つのかな?」 それが、最初の感想でした。なにしろ、ドキュメンタリーなんだから、そういう実況中継だってありなわけで、その映像が、何にも知らないボクにはそこそこ面白いのですが、それにしても、と思っていると、映像は次第に、ボクが知っているというか、そういう映画の人だと思っているワイズマンになっていきました。映像に映っている人々がしゃべりはじめるのです。 そうか、やっぱり、この映画は「運河」の構造を解説する科学ドキュメンタリーなんかじゃないんだ。そういう納得がわいてきて眠気が消えました。 運河の運営会社の社長が誰かを相手にしゃべりはじめます。無線士が、遠くの誰かとやりとりしています。戦没者の慰霊祭のスピーチが映されます。映像は次々と語る人を映し出し始めました。それぞれの会話が「パナマ運河地帯」を、ひいては「アメリカ」を語っているかのようです。で、そこに、「運河」を航行する巨大な船のシーが挿入されます。トヨタの自動車を運ぶ貨物船が出てきて、ワイズマンの映画に「日本」が出てきたことにでしょうかか?微妙に嬉しい自分にあきれながら見入っています。 ともあれ、映画は「運河地帯」、「Canal Zone」と題された通り、そこに暮らしていたり、働いていたりする人間たち、とりわけ「アメリカ人」の姿を撮ったドキュメンタリーでした。 学生だった頃、アメリカの大統領だったカーターが、なんとなく好きだったのですが、事実上の植民地であり、軍事的にも商業的にも、昨今流行りの言葉を使えば、所謂、地政学的な要衝というべき「パナマ運河」をパナマに返還するという決断を下していたことは知らなかったし、今日にいたるまで「パナマ運河」をめぐる政治状況なんて、全く何の関心もありませんでした。 しかし、今、映像が映し出している植民地の「アメリカ人」たちの、いかにも「アメリカ人」であること、そして、それを執拗に映し出している映画そのものに、あるいは、ワイズマンという映画監督に唸りました。 今では、89歳になっているはずの監督が、なぜ「ニューヨーク公共図書館」のような(表題をクリックしてください)、ビビッドな映画を撮ることができるのか、それが、ぼくにとって謎でした。しかし、その謎の解答の一つが、1977年に撮られたこの映画にあるように感じました。人間、とりわけ「アメリカ人」に対するあくなき関心、きっと、それが答えなのです。 歴史的な構造物や施設、場所があります。で、そこで生きる人間は、多かれ少なかれ、その歴史性や政治性の影響から逃れられません。しかし、だからこそ、生身の「人間」が露出するはずなのです。その人間に対する、あくなき関心がワイズマンを支えているに違いありません。なるほど、いくら長くても飽きないはずだ、そんなふうに感じた作品でした。 「さあ、次は『ボクシング・ジム』やな!?」 監督 フレデリック・ワイズマン 製作 フレデリック・ワイズマン 脚本 フレデリック・ワイズマン 撮影 ウィリアム・ブレイン 編集 フレデリック・ワイズマン 録音 ステファニー・テッパー 原題「Canal Zone」 1977年 アメリカ 174分 2019・12・04元町映画館no30 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.12.22 21:59:16
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