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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2019.12.13
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​中村哲「医者井戸を掘る」(石風社)
 ​アフガニスタンで井戸を掘っていた医者、中村哲の悲報が流れてきました。と、ほぼ同時に「憲法九条は中村さんを守らなかった」という趣旨の、心ない発言が、ネット上で飛び交っているのを目にしました。「憤り」を通り越えて、「哀しみ」しか浮かばない「やるせなさ」を感じました。
​​​​​​​ 中村哲の、何冊目かの著書「医者井戸を掘る」(石風社)がここにあります。風土病化して蔓延する「ハンセン病」の治療のボランティア医師として、1983年にパキスタン、ペシャワールに渡り、以来、十数年、戦火を避けて逃げてくるアフガニスタンの人たちの悲惨を目の当たりにし、ついに、土木作業である「井戸を掘る」ことを決意した中村哲ペシャワール会の、西暦2000年から2002年にかけて、ほぼ、二年間の活動報告書です。
​ ​それから二十年、活動は続いていますが、医者が井戸を掘る、現場の苦闘を伝える、最初のドキュメンタリーといっていい本です。​​​​​
​​​​​​​ 中村哲の活動を伝える書物はたくさんありますが、この一冊を読んでいただくだけでも、ネット上に垂れ流されている発言が、命がけで他国の、貧しい人々を助けようとしながら、志半ばにして凶弾に倒れた「人間」に対して口にするべき言葉ではないことは理解していただけると、ぼくは思います。​​​​
2001「正義のクルセイダー」を標榜した、アメリカ軍によるアフガニスタン空爆は開始される直前、日本の外務省による指示で、国外退去を余儀なくされた中村哲の発言があります。現地のスタッフに向けられた別れの挨拶です。本書に挿入されている、石風社「石風」というパンフレットにある記事です。​​​​​​​

​​「諸君、この一年、君たちの協力で、二十数万名の人々が村を捨てず助かり、命をつなぎえたことを感謝します。今私たちは大使館の命令によって当地を一時退避します。すでにお聞きのように、米国による報復で、この町も危険にさらされています。しかし、私たちは帰ってきます。PMS(ペシャワール会医療サービス)が諸君を見捨てることはないでしょう。死を恐れてはなりません。しかし、私たちの死は他の人々のいのちのために意味をもつべきです。緊急時が去った暁には、また、ともに汗して働きましょう。この一週間は休暇とし、家族退避の備えをしてください。九月二十三日に作業を再開します。プロジェクトに絶対に変更はありません。」
 ​
長老らしき人が立ち上がり、私たちへの感謝を述べた。
​「みなさん。世界には二種類の人間があるだけです。無欲に他人を想う人。そして己の利益を図るのに心がくもった人です。PMSはいずれかお分かりでしょう。私たちはあなたたち日本人と日本を永久に忘れません。」
 ​
これは既に決別の辞であった。​

​​ 続けて、帰国した中村哲が見た「日本」に対する感想が続けられています。 ​

 帰国してから、日本中が湧き返る「米国対タリバン」という対決の構図が、何だか作為的な気がした。淡々と日常の生を刻む人々の姿が忘れられなかった。昼夜を問わずテレビが未知の国「アフガニスタン」を騒々しく報道する。ブッシュ大統領が「強いアメリカ」を叫んで報復の雄叫びを上げ、米国人が喝采する。湧きだした評論家がアフガニスタン情勢を語る。これが芝居でなければ、皆が何かにつかれているように見えた。私たちの文明は大地から足が浮いてしまったのだ。  
 全ては砂漠のかなたに揺らめく蜃気楼のごとく、真実とは遠い出来事である。それが無性に哀しかった。アフガニスタン!茶褐色の動かぬ大地、労苦を共にして水を得て喜び合った村人、井戸掘りを手伝うタリバンの兵士たちの人懐っこい顔、憂いを称えて逝った仏像…尽きぬ回顧の中で確かなのは、漠々たる水なし地獄の修羅場にもかかわらず、アフガニスタンが私に動かぬ「人間」を見せてくれたことである。「自由と民主主義」は今、テロ報復で大規模な殺戮戦を展開しようとしている。おそらく、累々たる罪なき人々の屍の山を見たとき、夢見の悪い後悔と痛みを覚えるのは、報復者その人であろう。瀕死の小国に世界中の超大国が束になり、果たして何を守ろうとするのか、私の素朴な疑問である。20019​22​

​​​ 2001年九月に、やむなく帰国した中村哲は、十月一日には、もう、ペシャワールに戻り、米・英軍が空爆を始めた日の二日後にアフガニスタンに入国し、空爆難民のための食糧の配給のボランティアを開始しています。​​
​​​ その間、日本政府「テロ対策特別措置法」を成立させ、憲法九条に抵触する可能性の高い、自衛隊のインド洋派遣、海外派兵を断行しています。​​ アメリカ大統領ブッシュによって始められた「正義の戦い」がいかに、正当な根拠に欠けた愚かな振る舞いであったかは、アメリカでは、2018に公開された映画、たとえば、「新聞記者たち」「バイス」が暴露していますが、日本の中では、きちんと批判しているメディアは、あまり見かけません。​​​
​​​​ この十数年、中村哲が、上記の発言の中で指摘している、「夢見の悪い後悔と痛み」を反省として発言する政治家など、もちろん、この国には一人もいませんでした。​​
 モラルも見識もない権力が、アメリカの御機嫌取りのように、今年も海外派兵を繰り返そうとしています。まさに、九条をないがしろにするこういう政策が、命を張って弱者を助け続ける「人間」を背後から撃つような、愚かな仕打ちである自覚など、残念ながら、何処にも感じらません。​​
 本書をお読みになれば、「井戸掘り」としては全く素人のボランティアたちが、知恵をしぼり、肉体を酷使し、一人、また、一人と、現地の人々に生きる希望を与えていく様子が手に取るようにわかります。毎日、毎日の活動が、大地の姿を変えていく感動がここには記録されています。 「アフガニスタン社会の実相」「タリバンと民衆との関係」「バーミヤンの仏像破壊の真相」、「空から米軍によって投げ落とされる食糧を信用できないと焼き捨てる民衆」、印象的な報告が随所に記されています。
​ 中でも面白いのは、実際に井戸を掘る技術や、水路を作る工事の実況です。アフガニスタンの人々が、何故、中村哲をはじめとする日本人ボランティアを信用し、その死に涙するのか、その実況を読めば、おのずと納得がいくと、ぼくは思いました。​​​​(S)​

​​追記2019・12・12
「中村哲ってだれ」「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る」「空爆と『復興』」はそれぞれここからどうぞ。
「バイス」​・​「記者たち」も題名をクリックしてください。


​​追記2022・09・27
 以前、テレビで放送された「荒野に希望の灯をともす」というドキュメンタリーの「劇場版」が、元町映画館で上映されているのを観てきました。生きて、動いている中村哲の姿に、感無量でした。
こんな人がいたという事実を見失わないこと、次の世代に伝えること、は、ぼくにもできるかもしれないと思いました。
 苦難の続く作業の中で、絶望的な表情を浮かべている仲間に​「ここで生きている人たち一人一人が心に灯をともせば何とかなる。」​とアジッている、いや、説得している姿が心に残りました。出来れば、是非ご覧ください。​​​​​​​​

 

 

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最終更新日  2022.09.27 21:38:20
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