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古井由吉「ゆらぐ玉の緒」(新潮社)より「後の花」
眠りの浅瀬にかかるたびに、まだ夜道を歩いていた。それをまた端から眺めている。 古井由吉の短編集「ゆらぐ玉の緒」(新潮社)の中の、最初の作品「後の花」の末尾です。ここまで、読み進めてきて作家の脳裏に現れた、いや、現れなかった人影を思い浮かべながら、作中に語られていた和歌のくだりに意識は戻ってゆきます。 見ぬ世まで 思ひのこさぬ 眺めより 昔にかすむ 春のあけぼの 和歌をめぐる、この一節は、三月から、四月へと移り変わる季節の日常の、夢、うつつの中で、浮かび上がる焼け野原になった町の記憶がたどられた、つい、そのあとの出来事です。 小説末尾の記述は、外出先から電車に乗り、下車駅を気にかけながらも、おもわずのうたたねから覚めて、駅からの夜道を歩いて、どんどん遠ざかるように見える自宅へ、なんとか帰宅し、寝付けないまま、想念に浸ったのか、寝付いた夜明け方の夢の中でのことなのか。 「何もかも知っていたな」と、作中の「わたし」が目を瞠るその先に見えたはずの、こちらを見ていた「人影」。読んでいる「わたし」の中に、時間が重なりあい、わだかまって、不思議な永遠が浮かび上がってきます。 すでに語られていた和歌のイメージが、描写の底に、確かに流れていて、正体不明の感覚が立ち上ってくるのです。 ゆっくり、ゆっくり読むことだけを要求しています。そうでないと、この正体不明の気配を読み落とすことになりそうです。たどり着く先は、「至福の不安」とでもいえばいいのでしょうか。 これが、今の「古井由吉の世界」です。 追記2020・10・21 ボタン押してね! にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.05.08 10:35:11
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