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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2020.01.26
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​「2004年《書物》の旅 その12」​
  ​藤沢秀行「勝負と芸」(岩波新書)
 
2019年、久しぶりに東京に行きました。東京は都会だと妙に実感しました。何しろ行く所、行く所、人が多い。ぼくが山手線の電車に乗ったのは、実は今回も乗っていませんが、15年ぶりぐらい前のことです。東京タワーのあたりに泊まって、市ヶ谷日本棋院に行きました。
​ ちょっとでも囲碁をたしなむ人には夢の場所ですが、今となっては、何処の駅で何に乗って、何処の駅で降りたのか、全く夢の中の出来事のように忘れ去っていますね。​
 ​当時、勤めていた高校で顧問をしていた囲碁部キャプテン全国高校囲碁選手権大会に出場したのです。県の優勝と準優勝の選手に出場資格が与えられる大会で、彼は兵庫県の個人戦準優勝したんです。少しでも囲碁を知っている人なら「ほー、それは凄い。」というにちがいない事なんです。でも知らない人は全く興味の湧かないことでしょう。​
 知らない人が大半だと思いますが、今日はその話です。
 彼は高校に入学した時に初段でした。初段というのは、どこの高校にも、一人くらいはいるレベルなんですが、彼は2年間で6段に昇段しました。6段というのは県のトップクラスの実力です。

​​ 世の中にはいろんなゲームがあって、囲碁だけでなく将棋やオセロ、麻雀やトランプカード。対戦相手が一人ではない、複数の相手と戦うゲームもたくさんあります。​​
 囲碁は一対一で戦います。ラッキーとかまぐれという事はほぼありません。体調に左右される事はあるでしょうが、実力相応の結果しか期待できません。要するに本人の脳みそが出来ること以上のコトはできないゲームという訳で、マージャンやトランプカードなんかとはかなり違う感じがします。
 ともあれ、ただの初段が、たった2年間で県のトップクラスの実力をつけるということはこのゲームにおいても、ほんとうは、かなり難しいことです。彼はどうやって「脳みそ」を鍛えたのか。切磋琢磨する道場に通っていたわけでもありませんし、今のようにネット囲碁が、まだそれほど盛んだったわけではない頃です。知らない人は不思議に思われるかも知れませんが、基本的には本なのでした。
​ 囲碁について出版されている本は大きくいって三種類あります。入門者や練習用の「入門書」「詰め碁集」。プロの碁の棋譜を載せた​「打ち碁集」​。それから​「エッセイ」​。​
​​ 彼が愛用したのは「詰め碁集」「打ち碁集」でした。要するにプロ棋士が作った練習問題とプロ棋士の打った棋譜を並べて覚えることで6段になったといっても大げさではないと思います。​​
 たとえば趙治勳という天才プロ棋士がいますが、名人・本因坊といった囲碁のタイトルを総なめにした棋士でしたが、その​趙治勳​が過去に打った、有名な勝負は書籍化されています。で、その棋譜を彼はほぼ暗記していたと思います。それぞれ一局300手を越える勝負を碁盤の上にそらで再現することが出来たのでした。
​ 彼は名人の棋譜を「趙治勳傑作集(全3巻)」(筑摩書房)​​で何回も並べなおしながら、どうしてそこにいくのかがわからない​「一手」​があることを発見します。解説を読めばわかったような気にはなりますが、わからないままその「一手」を覚えます。何度も並べなおしながら、
「どうして名人はこの局面でそこに行くのだろう。」
 ​そんなふうに考え始めるとめきめき強くなっていくのです。放課後碁盤に石を並べている姿を横で見ていると脳みそはコンピューターより優秀だ実感しました。​​​
 ​やがて、応用がきき始めるのですね。過去に、たとえば趙治勲が打った棋譜の場面が実際に彼が誰かと対戦して打つ場面に現れたりしません。なのに自分が打つ場面での考え方に変化が起こるのでしょうね。脳が変化して新しい変化に対応するようになったとしか言いようがないでしょう。あらゆる繰り返し練習の基本だと思いますが、囲碁というゲームの上達にとっても、とてもいい練習法だと思います。​
 ​​もっとも世の中には次元が違うというしかない人たちがいるもので、それが囲碁でいえばプロ棋士です。アマチュアの思考力は一場面からの展開に対する想像力ですが、プロは次の場面、その次の場面からの変化や展開を想像する脳の鍛え方をするようです。プロの実践棋譜でアマから見てよくわからない場面の重要性が、そこに隠されているのです。そういう疑問と出会った時に脳は進化するのでしょうね。他の勉強の場合でもそんなことがあるんじゃないでしょうか。​​
 入学したての新入生に、偉そうに教えると称して2子置かせていた顧問は、そんなモーレツな勉強はしません。だから二年生になったころから彼と打ったりしませんでした。だって「なかなかやるね」なんて言っていた相手に「間違えてますよ。」といわれてしまうのですからね。
 ​​​​​​​というわけで、ヘボ二段の顧問の方はエッセイ集のお世話になる訳です。たとえば​「日本の名随筆」(作品社)シリーズ「囲碁」で作家の大岡昇平尾崎一雄の素人囲碁談義を読むとか、これまた天才棋士だった藤沢秀行「勝負と芸」(岩波新書)なんていう回顧録を楽しむわけです。​​​​​​
 たとえば「勝負と芸」​​には、破天荒な勝負師の生き方、勝負哲学が書かれています。しかし、元名人・名誉棋聖である藤沢秀行の棋譜面白さがわかれば、本当は、そっちのほうが面白いに決まっているでしょうね。(S)​​​​​初稿200410・改稿2019

追記2020・01・26
「2004年書物の旅その10」はこちらをクリックしてください。
追記2023・03・10

​​​ ​藤沢秀行が亡くなって10年以上たちました。ヘボ2段は、ヘボ2級まで格落ちし、囲碁の世界に対する興味はほとんど失ってしまいました。件の少年も40歳近くになっているはずですが、その後の消息は知りません。囲碁界では藤沢里菜さんという女流棋士が活躍しているようですが、藤沢秀行さんのお孫さんだそうです。「脳みそ」の傾向性というのは遺伝するのでしょうかね(笑)。​​​​


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最終更新日  2023.03.10 09:59:10
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