《2004年 書物の旅 その21》 渡辺実「大鏡の人々」(中公新書)
受験参考書ではありませんが、平安時代とはどんな時代だったかという事を「大鏡」を解読しながら平安朝古文の素人にも面白く、ホント、実に面白く解説してみせた本が渡辺実「大鏡の人びと」(中公新書)です。
最近はやりの書名をもじっていうなら《大鏡を読む》とでもいうべき本ですね。内容を一言でいうなら「大鏡」に代表される平安朝の男性原理の解説ということになるでしょう。
宮廷女房文学が主流の平安朝文学史にあって、ほとんど、たった一つ男性原理で書かれている作品「大鏡」を取り上げて、「男性原理」を読み取るという視点から論じたところが著者のセンスの冴えたところです。
当然のことながら、百八十歳を越える大宅世継や夏山繁樹などという人を食ったキャラクターや名前の人物を語り手として配置した、この歴史物語が一筋縄で解読されるはずはありません。「伊勢物語」の「みやび」から「源氏物語」の「もののあわれ」に昇華されて行くかに見える、「かそけき」平安朝美意識を陰謀・大胆・憎悪・奇行・高笑いの連打によってあざ笑うかのよう描いているのが「大鏡」というわけです。
たとえば高校の教科書に出てくる「枕草子」-古今の草子を-の一節に村上帝と宣耀殿の女御との美しいエピソードがありますね。まあ、よく読むと案外露骨なお話しなのだけど、「大鏡」にかかれば、好色な帝王と帝王をめぐって渦巻く嫉妬や露骨な権力争いの合間の「みやび」にすぎない話に様変わりすることを「大鏡の人びと」の著者は鮮やかに解説してくれています。
視点を変えれば出来事の意味が変化する面白さですね。枕草子や伊勢物語の作者たちが描きたがる「みやびな世界」を相対化する大鏡のリアリズムと言えばいいのでしょうか。そこに時代の実相を読み込んでゆく渡辺実の筆致は実に痛快、かつ、爽快です。
とまあえらそうに書いているのですが、実はこの先生、「国語構文論」・「平安朝文章史」なる論文で知られる、かなり上等の国語学者なのです。それらの本は、せいぜいページを繰ったことを自慢にする、ぼくごときにはとても「案内」できません。
この本も1987年に出版された古典的名著ですが、今や絶版でしょうね。購入して手にするのが難しいかもしれませんが、図書館の中公新書の棚にはあるでしょう。高校生が読んで損はないと思います。
ちなみに、渡辺さんには「さすが!日本語」(ちくま新書)という副用語を話題にした、一般向けのエッセイもあります。もう八十歳を越えていらっしゃると思うのですが、センスのよさがこちらの本でも古びていない所がさすがです。こっちの本は流行りすたりの激しい今日この頃といえども、さすがに本屋さんの棚にまだあると思いますよ。
追記2020・04・09
渡辺さんは2019年の暮れに、亡くなっていらっしゃるようです。岩波書店から出ている「日本語概説」が机の横の本立てにあります。大学生のための教科書ですが、実際には教員をしていたぼく自身にとって、ずーっと教科書だった本です。
20代から、心を引き付けられた人たちが、次々と他界されるのを知るのは、やはり寂しいものです。
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