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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2020.04.22
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​​​​​石牟礼道子追悼文集「残夢童女」(平凡社)​​

 ​​石牟礼道子が亡くなって二年たちました。平凡社から追悼文集が「残夢童女」と題されて、2019年の夏に出版されました。
 ​​
それぞれ「傍にて」、「渚の人の面影」、「石牟礼道子論」と題され三章の構成で、石牟礼道子のすぐ傍らで生活していた人から、思想的な論者まで、三十数人の追悼文が載せられています。
 
​​どなたの文章がどうのというよう主旨の本ではないことは重々承知のうえでいうのですが、御子息の石牟礼道生氏と詩人の伊藤比呂美さん​​の文章が心に残りました。

 母に連れられて水俣の町を歩いて家に帰ろうとしていた。小学校に上がる前の冬だった。途中の道端で商店街の飾りであったクリスマスツリーから役目を終えて落ちていた飾りのベルを拾った。銀紙で被われて上手に出来ていた。幼いころ、工作が好きだった私は大事に両手で隠すように拾い上げた。ところがその光景を見ていた母がいきなり血相を変えて声を上げた。「すぐに手を離しなさい。捨てなさい」と叱った。もうじき警察署があると脅した。
 おもちゃも三輪車も欲しかったが祖父亀太郎が作ってくれた竹馬で我慢していた頃だった。買ってやれないが拾ったものを欲しがるなどとは卑しい精神であると教えたかったのか不憫と思ったのかは今となっては判らない。幼い頃、普段は溺愛されていたのでこのように凄まじく怒られたこのことだけは今でも鮮明に覚えている。意にそぐわぬことには激しい反応を示す母だった。その時の母の迫力に圧倒されて銀色のベルを足もとの側道に丁寧に置いた。
​(石牟礼道生「多くの皆様に助太刀されて母は生きてまいりました」)​
 ​石牟礼道子などという、「とんでもない」女性の息子として育った石牟礼道生氏とぼく自身の生育には何の共通点もありません。しかし、母親がほぼ同世代、おそらく、石牟礼道生氏も昭和三十年代に幼少期を過ごしたぼくと同世代の方だと思います。
 
ぼくは、この文章に同じ時代に子どもだった実感をそこはかとなく感じさせる「におい」のようなものを感じたのです。母からの初めての叱責について、よく似た記憶が、ぼくにもあります。
 
母と子という関係において、子は母のことを一つ一つのエピソードの経験で、だんだん理解していったりするのではないと思います。事あるたびに、最初の記憶と照らし合わせながら、何となくな納得、「アッ、おカーちゃんや。」という思いを「母」に重ね合わせていくことを繰り返すのではないでしょうか。
 少なくとも、母親が忙しくて貧しかった、あの時代に育った子供たちはそうだったように思います。

 世間や社会に対して凄まじい怒りをあらわにする母の姿に、幼い日の「銀色のベル」の記憶を重ねて「納得」しようとした息子がいたことを、そして、その母の死に際して、もう一度、その「思い」を繰り返している息子の姿にうたれました。
 
石牟礼道子の「文学性」や「思想」というようなこととは関係のない、子から見た「母」のほんとうの姿が、息子である道生氏の記憶のその場所に在るのではないでしょうか。

 
​もう一つ、思わず膝を打つような思いをしたのが、詩人の伊藤比呂美さんの文章でした。

 わたしは石牟礼さんの文学に対して、尊敬も思慕も大いに持っているのだが、だからこそ石牟礼文学について語り合う石牟礼大学というものを熊本の仲間とともにやったりしているわけだが、それは既に読んで好きなものを思慕しているだけで、なんだかいつも、なんだか少し、反発する気持ちも持っていることが、いつも少しばかり後ろめたかった。
 わたしは東京の裏通りの生まれ育ちで、そこの人々がどんなに他人に酷薄か見てきた。自分の親もふくめて、そうだった。石牟礼さんの文学に出でてくる、弱い者を大切にする善良なコミュニティや、互いに手を合わせ合うような人の情は、居心地が悪かった。石牟礼さんその人だって、そういうコミュニティから蹴りだされた人なんじゃないか。そう口の中でもごもご思っていた。​(伊藤比呂美「詩的代理母のような人」)​
​ 石牟礼道子の作品との出会い方や作品の価値というのが人それぞれに違うのは当然です。世の中に絶対化できる作家や作品があるわけではありません。
 ぼく自身は、石牟礼道子の作品と二十代に出会って以来、手放しては読み、手放しては読みということを繰り返してきました。なぜ、読みつづけられなかったのか。読みながら感じる微妙な居心地の悪さはの正体は何なのか。全集が出たのを見ながら、思わず遠慮してしまう気分になったのは何故なのか。その答えが伊藤さんのこの文章にある、そう思って、なんだかホッとしました。
 
伊藤さん石牟礼道子への思いが、ぼくなどとは比較にならない、生半可なものではないことは、これに続く文章をお読みいただければすぐにわかっていただけると思います。
​ でもこの頃、一つ、また一つ、読み始め、読み通して発見する。そして感動する。
 その鏡を何枚もたてた真ん中で、時間軸と空間軸がずれているような、その石牟礼さんらしさを味わう。そういう作品が少しずつ増えてきた
(伊藤比呂美「詩的代理母のような人」)。​
​ ​​伊藤比呂美さんは、ぼくより一つお若い詩人なのですが、彼女の文章を読みながら、65歳を越えた今から、もう一度、石牟礼道子の作品を手に取り直し、今度は投げ出さずに読み始め、読み続けることへのる励ましの声が聞こえてくるように、ぼくには思えたのでした。
 この本に載せられている追悼文は、心もこもったものばかりです。石牟礼道子が残した作品を、もう一度読み直し、あるいは、初めて読み始める、たくさんの道筋が示されていると思います。一度手に取られてはいかがでしょうか。​

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最終更新日  2020.11.11 22:47:56
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