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カテゴリ:読書案内「昭和の文学」
《2004書物の旅 その17》
司馬遼太郎「燃えよ剣(上・下)」(新潮文庫) NHKが、所謂「大河ドラマ」で源義経を題材にしたことは二度あります。一度目は1966年、主役が当時の尾上菊之助、女優の寺島しのぶのお父さん、弁慶役は緒形拳、静御前は藤純子ですね。 今はテレビをほとんど見ないのですが、この義経はおぼえています。小学校の6年生か、中1の頃だったと思いますが、家族で見ていました。 二度目が2005年、義経役はジャニーズの滝沢秀明くんだったそうですが、見ていません。下の記事はその2005年当時の高校生に配っていた「読書案内」ですから、15年ほど時間をずらしてお読みいただければよいのではないでしょうか。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ボーと新聞のテレビ欄を見ていて、なにかと話題のNHK、今年の大河ドラマが「義経」だと知りました。そういえば巷の本屋の店先には、やたらと義経物や平家物語が積み上げてありましたね。去年は「新撰組」で、その前は覚えていません。実は去年もテレビでこの番組を見た覚えがありません。何しろ、野球中継以外テレビを見ないのですからね。 しかし、まあ、なぜ、またまた「義経」なのでしょう。そういえば、今よりテレビを見ていた子供のころの記憶にある一番古い大河ドラマは「赤穂浪士」でした。所謂「忠臣蔵」を現代的視点から描いた大仏次郎の時代小説のテレビ映画化で、芥川也寸志という作曲家が作ったテーマ音楽を今でも覚えています。芥川也寸志って?、もちろん芥川龍之介の息子です。 大仏次郎という作家は「鞍馬天狗」(朝日文庫)の作者として戦前から大衆小説作家として有名な人です。戦後、パリコミューンを描いた「パリ燃ゆ」(朝日文庫)、最後には幕末の動乱期を描いた「天皇の世紀」(朝日文庫)という超大作・長編歴史小説(?)をライフワークとしていましたが、「天皇の世紀」の完成間近、ガンで他界した人です。 素人読者にとって、それぞれの作品は、もう小説というより歴史書ですね。今では朝日新聞社が主催する「大仏次郎賞」という文化事業・芸術作品を顕彰する賞にその名を残していますが、この人の名前が読めたら教養のある高校生という訳なのですが、皆さん読めるでしょうか。 ところで、「義経」と「忠臣蔵」には共通点があります。実は江戸時代の人気番組の双璧なのです。もっとも、テレビも映画もない時代の人気番組とはいったいなにか。それはお芝居なんです。今でも残っている歌舞伎の出し物のツートップがこの二つにかかわる演目なのですね。 丸谷才一さんは「忠臣蔵とは何か」という本の中で、江戸の歌舞伎の演目で、この二つが流行った理由の一つに「御霊(ごりょう)信仰」があったとおっしゃっています。歴史上の人物たちで、悔し涙を流して死んだ人たちの「たたりじゃー!」という怨念は、江戸時代に限らず、この国の人々にとっては、決して、笑い事ではなくて、あだやおろそかにしてはいけない重大事だったということなのです。 「死霊」がたたりそうな悲惨な死に方をした歴史上の人物をヒーロー化し、神仏としてお祈りした習俗には、それ相応の理由があったのです。 「どうか私たちにはたたらんといてね。」 まあ、本音はこうだったかもしれませんが、結果的に、江戸民衆の代表的な娯楽である歌舞伎の中でも当然「判官びいき」ということのなるです。 宮崎駿のアニメでなじみになった「たたりがみ」が流行るというのは、今に始まったことではないわけです。今ではテレビみたいなマスメディアで流行っているわけですが、人々の「負け組みびいき」の風潮の底には、怨霊畏怖の長い歴史があるという事なんですね。関西人のタイガースびいきも似たような動機かもしれませんね。まあ、あんまり勝ったことがないチームなのに、血も涙もない解雇やトレードで「たたりがみ」信仰を演出して、ファンを引き留めているのかもしれませんよ。 そう考えて振り返ってみると、「赤穂浪士」より一年古い第一回大河ドラマは舟橋聖一の小説「花の生涯」(祥伝社文庫)のテレビドラマ化でした。主人公は「安政の大獄」の仕掛け人、「桜田門外の変」で暗殺されてしまった大老井伊直弼ですが、維新後は典型的負け組みのワルでした。 ぼくが小学生だったころのNHKの大河ドラマはみんなが見ている国民番組のようなものだったのですが、その主人公に抜擢されたのですから、破格の復権ということになります。1960年代前半の出来事です。明治元年が西暦何年であったか、ちょっと年表を調べてみると面白いですよ。 というわけで、去年の「新撰組」も、維新後100年は負け組みの嫌われ者でした。というのは井伊大老にしろ新撰組にしろ、明治新政府からそれぞれ極悪非道の権力者であり、旧体制のテロリスト集団だったというレッテルを貼りつけられ、悪い評判が100年続いた状態だったのです。 尊皇攘夷を標榜した側もテロル勝負みたいな時代だったにもかかわらず、負けたほうが分が悪いのが歴史の常です。坂本竜馬や西郷隆盛、高杉晋作が評判がいいのと好対照です。 歴史上の人物の評判なんてそんなものだといえばそれまでですが、復権するとなれば、やはりそれ相応の時期と卓抜な紹介者が必要になります。 幕府きっての悪役井伊直弼はNHKテレビという、当時の最新マスメディアが復権を助けました。一方「新撰組」は司馬遼太郎という希代の語り手を得てアンチヒーローからヒーローへと見事に復権を果たしたわけです。 文句なしの名作「燃えよ剣(上・下)」(新潮文庫)の主人公土方歳三のかっこよさはちょっと説明に困るほどだし、「新撰組血風録」(中公文庫)で描かれた人物群像は、史実に対する博覧強記を持ち味とするこの作家の特性が一種ロマンチックに昇華された人物伝として描かれて評判をとりました。 明治百年、大衆的「御霊信仰」に支えられて幕末維新の怨霊たちの魂を鎮めるに絶好の時期を迎えて両者が再評価されるにいたったということです。 ところで「燃えよ剣」は数ある司馬遼太郎作品の中の最高傑作だと思う時代小説です。ほかにも幕末・維新ものでは「竜馬がゆく」(文春文庫)・「峠」(新潮文庫)などオススメの人気作品が多数あるのですが、やっぱり「燃えよ剣」が一押しでしょうね。(S)答「おさらぎじろう」 ボタン押してね! ボタン押してね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.01.18 10:47:03
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