エミリオ・エステベス「パブリック 図書館の奇跡」シネリーブル神戸 昨年見た「ニューヨーク公共図書館」というドキュメンタリーを想起させる題名だったこともあって、やって来たシネリーブルでした。なにせ「パブリック 図書館の奇跡」っていうわけですから。
ニューヨークではなくてシンシナティの公共図書館でした。寒波襲来の夜を迎える閉館時間に、図書館員スチュアート(エミリオ・エステベス)が常連の利用者であるホームレス、ジャクソン(マイケル・ケネス・ウィリアムズ)から思いがけないことを告げられます。
「今夜は帰らない。ここを占拠する。」
そこまでにも、微妙な仕込みはあるのですが、まあ、この発言がすべての始まりでした。
100人近いホームレスたちが図書館2階の閲覧フロアを占拠し大騒ぎになります。スチュアートはジャクソンたちを追い出すわけにもいかず、オロオロするところから始まるのですが、やがてホームレスと行動を共にします。
図書館というわけですから、本を介した「公共」という施設であって、そこで暮らすとかいうのはいかがなものか、というのが図書館の「公共性」の原則です。しかし、そうであったとしても、今日、この寒さの中で、図書館にいる家のない市民を、閉館時間だからといって外に追い出せは、彼らの命が失われる可能性がある。
さて、ぼくはこの可能性から目を背けていいのだろうか。目を背けることは「公共」という理念の根幹を揺るがすのではないだろうか?
恐らくそういう問いをこの図書館員が自分に発したに違いないであろうということは、事態の収拾にやって来たデイヴィス検事(クリスチャン・スレイター)に対して、交渉を応じる条件として求めた最初の要求から理解できます。
「今、建物の外の路上で5分間横になってください。」
騒ぎの渦中にあって意味不明に聞こえる、この要求にすべてが込められていました。ぼくなりに要約すれば、こうなります。
たとえホームレスであっても、命の危機に直面している市民に対して、同じ市民であるあなたは何をするのか?まして、あなたは市民の代表者になろうとしているのではないか。
さすがは、アメリカ映画ですね。誰か馬鹿な人が口にしていた「嫌な」言葉ですが、「民度」が違うと思いました。気分は、ちょっと拍手!という感じでした。
当然、ここから期待を込めて最後まで見終えました。しかし、ぼくにとってのこの映画のピークはここだったようですね。
見終わってみると、なんだかモヤモヤした疑問が残ってしまいました。「ネタバレ」になりますが書き上げてみます。
どうしてスチュアートの来歴は元ホームレスで、行動を共にしたアンダーソン館長は黒人でなければならないのでしょう。
どうして、最後に、非暴力・無抵抗の意思表示を「裸体」をさらすことで貫いたホームレスの中に、一人も女性がいなかったのでしょう。
まあ、そんなことをアレコレ、クヨクヨ考えていると数日後、この映画を見てきたチッチキ夫人ががこんなことをいうのです。
「あのさア、出てくる三人の女性って、男の人が作り上げた女だと思うのよ。ダメなバカ・キャスターも、恋人も、お母さんを気遣う司書さんも。あとの二人はいい人だけど、いかにもちょっとリベラルな男の人が喜びそうじゃない。」
「まあ、そういえばそうかな。あなたも、どっちかというと、あのタイプじゃないの?」
「そういうことじゃないでしょ。映画に、そういう人しか出てこないっていうことでしょ。」
「うん?・・・」
「それに、誰もいなくなったフロアに、どうしてピザの箱しかないのよ。」
「事件の総括というか、公共ということの見直しじゃないの。」
「それなら、汚れた服やはいていたはずのボロ靴とかはどこに行ったのよ。監督は『公共』というお題目に隠れて、ホームレスの姿をちゃんと見てないんじゃないの?それに、戦争帰りとかアル中とか親子喧嘩とか、みんな理由なのはわかるけど、貧困で棲み処を失うのに男も女もないでしょう。初めの方で出てた、早く中に入りたがってたお婆さん以外に女の人いた?」
「戦場PTSDやいろんな依存症による生活崩壊からのホームレス化が、ベトナム以後、ずっと社会問題化しているらしいからな。映画を作る時に監督の頭に、まあ、そういう常識が『型』として浮かんだんじゃないの。」
「だいたい、あの映画、ちっとも寒くないじゃない。」
「うん、そこは、そう感じた。なんでかなあ?」
「切羽詰まっている人をちゃんと見ないからよ。去年のワイズマンだったら残された汚い衣類と寒さを撮ると思うのよ。」
「うーん、あれか、例えば困っている人に出会って、ポケットに100円あって、50円は出すけど、100円みんなは出す勇気がないという感じか。」
「はああ?」
「だから、50円しか出さない人は自分の都合を考えて出すんだけど、100円全部出す人は、相手の都合で考えるというか。」
「そうそう、そういうことかも。だから、多分、この後仕事失っちゃう館長さんは黒人で、スチュアートは元ホームレスなのよ。」
「じゃあ、ある意味、アメリカ社会をよく描けてるともいえるわけやん。」
「なんでよお。あかんやろ。そんなん納得いかへんわ。」
なにがなんだかわからない議論でしたが、二人ともこの作品がリベラルな問題意識の表現であることに文句はないのです。その上、スチュアートが検事にいった言葉をめぐって、検事の側の無理解の戯画化もそこそこうまくいっていたと思います。しかし、スチュアートとホームレス諸君に対しての「映画」の視線というのでしょうか、理解でしょうか、それが「底」に届いていないという印象はぬぐえなかったのですね。どうも、この映画では図書館で奇跡は起こらなかったようですね。ちょっと不完全燃焼でした。
監督 エミリオ・エステベス
製作 リサ・ニーデンタール エミリオ・エステベス アレックス・ルボビッチ
スティーブ・ポンス
脚本 エミリオ・エステベス
撮影 フアン・ミゲル・アスピロス
美術 デビッド・J・ボンバ
衣装 クリストファー・ローレンス
編集 リチャード・チュウ
音楽 タイラー・ベイツ ジョアン・ハイギンボトム
キャスト
エミリオ・エステベス(図書館司書:スチュアート・グッドソン)
アレック・ボールドウィン(担当刑事:ビル・ラムステッド )
ジェナ・マローン(図書館司書:マイラ)
テイラー・シリング(隣人:アンジェラ)
クリスチャン・スレイター(検事:ジョシュ・デイヴィス)
ガブリエル・ユニオン(テレビキャスター:レベッカ・パークス)
ジェフリー・ライト(館長:アンダーソン)
マイケル・ケネス・ウィリアムズ(ホームレス:ジャクソン)
チェ・“ライムフェスト”・スミス(ホームレス:ビッグ・ジョージ)
ジェイコブ・バルガス(図書館職員:エルネスト・ラミレス)
2018年・119分・アメリカ 原題「The Public」
2020・07・20シネ・リーブル神戸no58
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