ジム・カミングス「サンダーロード」神戸アートヴィレッジセンター
二日前に見た「リーマン・トリロジー」の予告でかかっていた映画に心が動きました。ブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」という有名な曲に合わせて、主役を演じる監督ジム・カミングスが12分間ワンカットで踊るというのです。
炎天下の8月14日、兵庫駅から、とりあえずブルース・スプリングスティーンを映画で聞けるという目論見に燃えて(ちょっと大げさ?燃えるように暑くて死にそうだったけど)、汗まみれでやって来たアート・ヴィレッジです。
受付で顔なじみのOさんに出会ってご挨拶です。
「シェークスピアの講座再開しますよ。」
「やっぱり、zoomとかで?」
「そうそう、今、打ち合わせの最中で、秋にはやれそうです。」
「ぼくも、zoomちょとできますからね。多分参加しますよ。今日はブルース・スプリングスティーンのこの映画ですけど。」
「この映画のためにCDも売ってるんですよ。タワー・レコードさんに持ってきていただいてるんですが、売れなくて。どうですか一枚。」
とかなんとか、お久しぶりのあいさつなどしながら着席しました。
映画が始まりました。どうやら葬儀の会場のようです。警官の制服に身を固めた男が司会者に呼ばれてスピーチを始めました。
母親の死に際して、いろいろ話すのですが、要領を得ません、とうとう、用意したラジカセを取り出し、ダンスの先生をしていた母親が好きだった曲に合わせてダンスをするようです。曲はブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」のようです。
「おっ、いよいよ始まりましたね。」
期待は高まりますが、画面に音は流れません。持ってきた娘のラジカセが不調で動かないのです。
で、彼は音楽なしで、それも警官の制服で、踊り始めます。映画の中の弔問客もそうですが、映画を見ているぼくはどうしていいのかわかりません。踊りだけ見ていても音楽がわかりません。チンプンカンプンです。
すると、タイトルが浮かび上がりました。ここまでが前説、ここからが本編らしいのです。
母親の葬儀で、一人で踊った男の苦闘が始まります。イカレタ奴というわけです。妻に去られ、娘に愛想をつかされ、友人ともうまくいかない。とうとう、娘の親権を失い、やけになって仕事でも失敗し、いよいよすべてを失って・・・・。
見ているぼくは、受付でCDまで用意しているブルース・スプリングスティーンの行方が気になり続けです。スプリングスティーンのどの曲が、どこで、どんなふうに聞こえてくるのでしょうか。もう、映画は終わりかかっています、
ええーまさか?
映画は、最後にもう一度、最初のシーンに戻ります。ここで漸く、さては、と思い至りました。この映画に「音楽」はいらない、いや。アメリカの観客には必要ないというべきでしょうか。
そうです。スプリングスティーンかからなかったのです。ノンビリCDを買っている場合ではありません。汗だくで自宅に帰り着いたぼくは、もちろんヘッドホンをかぶって「涙のサンダーロード」をかけました。
音楽が聞こえ始めて涙がこぼれてきて、納得しました。映画は、ブルース・スプリングスティーンに対する、正真正銘のオマージュでした。
Oh Thunder Road
Oh Thunder Road
Sit tight
take a hold
映画の中で悪戦苦闘していた警官ジム・アルノーの顔が浮かびます。母の葬儀でなぜ彼がこの曲で踊っている時も、最愛の娘クリスタルと共に歩もうとしたときにも、この曲が聞こえ続けていたのです、きっと。
全く不思議な映画でしたが、アメリカの人の多くはこの曲をすぐに思い浮かべることができるのでしょうね。だから、むしろ音楽はいらないのです。最後のシーンで、アメリカの観客たちはこの歌詞を合唱していたに違いないのです。
そのことに、ぼくはスプリングスティーンの声を聴き、歌詞を読んでようやく気付いたという次第でした。前説に、すべてが映っていたのでした。
それにしても、元の短編では曲にのって踊ったようです。そっちも是非見てみたいと思いました。
監督 ジム・カミングス
脚本 ジム・カミングス
撮影 ローウェル・A・マイヤ
美術 ジョスリン・ポンダー
衣装 ミカエラ・ビーチ
編集 ジム・カミングス ブライアン・バンヌッチ
音楽 ジム・カミングス
キャスト
ジム・カミングス(警官ジム・アルノー)
ケンダル・ファー(娘クリスタル)
ニカン・ロビンソン(同僚警官ネイト)
ジョセリン・デボアー(別れた妻ロザリンド)
2018年・92分・PG12・アメリカ 原題「Thunder Road」
2020・08・14・KAVC(no9)
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