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カテゴリ:読書案内「くいしんぼう」
阿部了・阿部直美「おべんとうの時間」(木楽社)
「おべんとうの時間」(木楽舎)の創刊号です。某所座り込みノンビリ読書のネタは尽きません。 今日、私が持ってきたのは、カボチャの煮物です。それ以外は、他の人が持ってきてくれたの。魚はさっきここの火で焼いたばっかだし、トウモロコシも海水で茹でたばっか。美味しいよ、火があるっていいよね。 海女をやってどれくらいになるんだろ。あの頃、娘たちはまだ幼稚園に行ってたから27年くらいか。子どもがいて、外に働きに出られないわけでしょ。暇だし、海が好きだから潜ってたの。そしたら、はまったんだよね。 昔はさ、海の口が開いたって言ったんだけど、年に数回ある大潮の時は、小学校も休みだった。天草(てんぐさ)を採る日ってこと。子どもたちは、みんなして近所の海に入って天草採り。組合に持ってくとお金くれたから、頑張ったよね。次の日、校長先生が、「みんないっぱい採れましたか?」って、聞いてたっけ。 子どもの頃ね、母が帰ってくると「かあちゃん、かあちゃん、弁当箱ちょうだい」って言ったの。「ほらよ」ってくれた弁当箱の中に、焼いたサザエが入ってた。海女小屋で焼いたんだよね。なんか嬉しかったの覚えてる。でもね、あの頃、私が海女小屋に行くと怒られたの。ここは子どもの来る場所じゃないって。今はそれがわかる。小屋はひとつの社会で、私も先輩たちから、いろいろ教わってここまできたから。 磯の鮑は天で採る。昔、おばあちゃんが言ってたの。空が照ってれば、海の中が見えるから鮑がとれるってことなんだけど、もう昔みたいには採れない。海に鮑がいないんだから。 申し訳ないのですが適当に抜粋して引用しました。阿部直美さんの、こういう記事をノンビリ座りこんで読みながら、宮本常一という、この国の山中や海辺、ありとあらゆる場所を歩きまわって、そこで普通に暮らしている人の話を記録した民俗学者がいたこと思い出しました。 東京から佐渡に来て、10年がたちました。高校3年生の冬、みんなが受験勉強で必死になっていた時に、大荒れの海を渡って、廃校になったさむーい校舎で1泊2日の試験を受けた日のこと、忘れられないです。合格してから2年間、その木造校舎で鼓童の研修生として過ごしました。 佐渡の「鬼太鼓座」は宮本常一とかかわりの深い芸能集団だったと思いますが、「鼓童」は、その血脈の一つではなかったでしょうか。 夫婦で一緒にお弁当を食べる時間は、ありそうであまりないんですよ。今年は、お互いのスケジュールが合わなくて、こうやって一緒に過ごせるのも、彼が2ケ月間のヨーロッパ・ツアーから帰ってきて以来です。 「某所」に座り込みながら、阿部さん夫婦の仕事が、宮本常一の仕事を再発見していて、日本海の孤島「佐渡が島」で生まれた文化が、東京の少女を呼び寄せ、世界と直接つながっていることを伝えていることに唸りながら、砂畑さんご夫婦が一緒に食べている「おべんとう」の「このフライはなんのフライだろう?」とか覗き込んでしまうのでした。 ボタン押してね! ボタン押してね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.05.12 10:27:17
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