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カテゴリ:週刊マンガ便「コミック」
武田一義「ペリリュー(1)」(白泉社)
12月のマンガ便に武田一義というマンガ家の「ペリリュー(1)~(8)」(白泉社)というマンガが入っていました。 「ペリリューって?北のほうか?地名やろ。」 表紙を開くと、現在のパラオ共和国の写真が載っています。祖父の痕跡を尋ねた青年が海岸に立っている後ろ姿があります。「ペリリュー島 昭和19年夏―」、眼鏡をかけたいかにも頼りなさそうな兵隊が行軍しています。 主人公、田丸均1等兵です。 武田一義公式ブログ 武田一義のブログに、田丸1等兵の立ち姿の写真がありました(絵ですけど)。マンガ家になりたい夢を持ちながら、徴兵され、パラオ諸島のペリリュー島守備隊に配属された青年です。 四角い眼鏡をかけて、長ズボンをはいていますが、歴史的事実に沿えば、当時は丸眼鏡しかなかったそうですがマンガの主人公として四角い眼鏡をかけさせ、半ズボンだったはずの軍装は、はかせてみると、彼の絵では子供の兵隊にしか見えないので、長ズボンをはかせたことが、あとがきでことわられています。 昭和19年のペリリュー島で何があったのか。そう聞かれても、ぼくには答えられません。そもそも、戦前、大日本帝国の信託統治領だったパラオ諸島についても、「山月記」の作家中島敦を思い出すくらいのことで、ほとんど何も知りません。しかし、地図をもう少し広げてみれば、大岡昇平が「野火」や「レイテ戦記」で描いたフィリピン諸島はすぐそこで、太平洋戦争の最も悲惨な戦場の一つであったことはぼくにも理解できます。 マンガを読み進めていくと、サンゴ礁の隆起で出来たこの島がアメリカ軍にとって、その後の戦略の鍵になる理由がわかります。それは飛行場でした。フィリピン奪還、日本本土空襲のための不沈空母、出撃基地として戦略上のかなめの島として考えられていたようです。 昭和19年9月4日、アメリカ第3艦隊、艦艇約800隻、兵員4万人が出動し、約1万人の兵隊が守備隊として配備されていたパラオ諸島ペリリューとへ向かい、マンガ「ペリリュー」が始まります。 物語の冒頭、絵をかくことのほかは肉体的も精神的にも、実戦では役に立ちそうにない主人公田丸1等兵は、小隊長の島田少尉から「功績係」として兵士の最後を記録し、遺品を収集する役目を命じられます。 このマンガが、1975年生まれのマンガ家によって、かわいらしい子供のようなキャラクターを登場させて描かれているのですが、「戦場」の悲惨さと、そこで生き、死んでいった人々の姿をリアルに読ませるための、マンガ家としての工夫が、ここにあると思いました。 マンガ家武田一義は、気弱で故郷を思い続けながら、仲間の死を一つ一つ記録してゆく田丸1等兵に潜り込むことで、新しい「戦争マンガ」を可能にしたのだと思います。 敗戦から70年以上たった「今の眼」で、主人公に潜り込んだ武田一義は戦場を見ているのです。そして、あまりに悲惨な戦場の事実に震えながら、しかし、目をつむることなく見つめる田丸1等兵を描いています。そうすることで、新しい「ゲルニカ」の可能性を夢見ているマンガ家武田一義に拍手を贈りたくなる第1巻だと思いました。 ボタン押してね! ボタン押してね! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.08.26 19:37:28
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