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カテゴリ:週刊マンガ便「コミック」
武田一義「さよならタマちゃん」(講談社)
このマンガは、珍しく自分で購入しました。ヤサイ君の12月のマンガ便の「ペリリュー 楽園のゲルニカ」のマンガ家武田一義さんのデビュー作だそうです。 ぼくは「ペリリュー」ですっかりファンになったのですが、この戦争マンガを読みながら、不思議に思ったことがありました。 太平洋戦争の歴史のなかでも、最も過酷な戦場であったペリリュー島の1万人の兵隊たちのなかに、作者の分身である田丸1等兵を潜り込ませた手法の卓抜さについて、第1巻の感想で書きましたが、歴史的な事実として、マンガに登場するほとんどの「戦友」たちが、必ず戦死・病死していく世界を描きながら、どうしてここまで普通の人間が生きている世界として描けるのかという疑問です。 私たちは2020年の「現実」の中で暮らしていわけで、戦場という、「死」が日常である世界を描くためには、ある「覚悟」のようなものがいると思うのですが、武田一義というマンガ家が、どうやって、その、覚悟を得たのかという疑問でした。 このマンガに、その答えがあると思いました。 このマンガは、マンガ家自身が経験した精巣腫瘍、その腫瘍の切除手術と肺への転移に対する抗癌剤治療の闘病の記録です。 主人公武田一義、35歳。マンガ家を目指すマンガ家のアシスタント。マンガ家のアシスタントとしては35歳は、決して若くないのだそうですが、がん治療の入院病棟では、ダントツの若さだそうです。 ここに載せたのは入院した武田君を迎える、同室の「戦友」たち、桜木さんや田原さんとの出会いや、武田君の最初の不安を描いたシーンです。この場面をはじめとして、第1話、第2話は「笑い」がさく裂しています。 マンガをお読みになればわかりますが、その後の展開は、決して笑ってはいられないシーンの連続です。ぼくは、ぼく自身の年齢のせいもあるかもしれませんが、何度も涙がこぼれました。 とはいうものの、武田一義さんはマンガを描いているのですから、面白く書こうとしていることは「さよならタマちゃん」という題名からもわかります。でも、それは単なる病院ギャグや、未経験者が知らない経験の「ひけらかし」ではありません。 武田さんは、普通の人が「死」を覚悟する病名を宣告された時に、それでも、今、生きていることの「明るさ」を書こうとしているように思えるのです。 先ほど、ぼくは「戦友」という言葉を使いました。武田さんは、同じ病院に入院している人たちのことを「戦友」などという言葉で表現しているわけではありません。しかし、彼の「ペリリュー」という作品を読んだ目で、この「闘病記」を読むと、彼と同室の桜木さんや田原さんの描き方は、「ペリリュー」の同じ小隊の兵士たちの描き方と同じだとぼくは思いました。 これは、無事退院できた主人公の武田君が定期検査のためにやって来た病院で、一緒に退院した田原さんの再入院を知り、彼から同室だった桜木さんの死を聞くシーンです。 このシーンを読みながら、漫画家の武田一義さんが、マンガ家として描くべき「世界」と出会った瞬間だと思いました。 この時、彼は、この作品の第1話を書いて、掲載の可否を待っている時期だったようですが、この田原さんとの再会によって、このシーンをマンガに描き、「ペリリュー」の世界へと書き継いでゆく勇気と覚悟を手に入れたのではないでしょうか。 最終話と題されたこの章が、25章にあたります。第1章、第2章で炸裂した「笑い」はやがて闘病の苦しさを描き続けることになりますが、不思議と「うっとおしさ」がないのです。主人公の武田君は、嘔吐を繰り返し、どんどん衰弱していきます。精神的にも息が詰まるような展開です。「ペリリュー」の戦場描写とよく似ています。 しかし、彼の、この二つの作品の共通点は、それでも暗くないことなのです。いったん読み始めた読み手が、辛くなって、あるいは、うんざりして投げ出すことは、ないんじゃないかと思います。 病院に入院していた武田一義さんは、生きてマンガを描く「覚悟」のようなものに出会われたのではないでしょうか。その「覚悟」から生まれた「よろこび」が「タマちゃん」から「ペリリュー」まで、たとえば田原さんというキャラクターを書くときにあらわれているのではないでしょうか。そして、それが武田さんのマンガの「明るさ」の理由ではないかというのが、ぼくの当てずっぽう推理の結論です。 裏表紙に描かれた「戦友」たちです。マンガのなかで、奥さんの早苗さんも、新人看護師の杉村さんも、同じ病気で、退院するときにはじめて口をきくことができた市川さんも、みんな戦友でした。みんな一生懸命生きている人たちでした。 追記2020・12・12 「ペリリュー」の感想はここをクリックしてください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.08.15 21:57:36
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