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カテゴリ:読書案内「村上春樹・川上未映子」
「100days100bookcovers no52」(52日目)
樋口一葉『たけくらべ』川上未映子訳(「日本文学全集13」 河出書房新社) DEGUTIさん紹介の『世界はもっと美しくなる』(奈良少年刑務所詩集 詩・受刑者 編・寮美千子)、Simakumaさん紹介の山下洋輔の傑作ジャズ小説『ドバラダ門』(新潮社)と来ました。 山下洋輔の祖父・山下啓次郎氏が担当した「明治の五大監獄」(千葉、長崎、鹿児島、奈良、金沢)の画像を見て、赤煉瓦の西洋風の外観に魅せられるとともに、懸命に西洋化近代化を果たそうとした当時の日本を感じたりもしました。 さて、監獄と言えば、ハンセン病の療養所も監獄だな…と、10年以上前に岡山県瀬戸市邑久町にある長島愛生園に、在日朝鮮人ハンセン病回復者でらい予防法国賠請求訴訟原告となられた金泰九(キムテグ)さんを訪問したことを思い出しました。また、日頃お世話になっている黄光男(ファングァンナム)さんはハンセン病家族訴訟原告団副団長です。世界の医学の流れに大きく後れを取り、この国の非科学的で人権を無視した政策と私たちの無知無関心による誤った偏見は、根拠なくハンセン病患者やその家族を監獄のような収容所(収容所だけでなく、社会も含む)に閉じ込めます。新型コロナウイルス感染者に対する不当な差別や攻撃も同じで、学習能力のないこの国の情けないこと(涙) そんな監獄つながりでハンセン病回復者の文学を最初は考えていたのですが(たまたま19日は金泰九さんの命日、20日は長島愛生園開園から90年でした)、昨日の午後、ふと思い立って姫路文学館の特別展「樋口一葉 その文学と生涯 貧しく、切なく、いじらしく」に行きました。今月23日までなので、3連休は来館者が多いかな、その前の平日に行かなくちゃ、と思ったわけです。樋口一葉は文学史で説明できる程度で、その文学と生涯を十分知っていません。井上ひさしの演劇「頭痛肩こり樋口一葉」は面白そうだな…でも観ていないという、その程度でした。 今回印象的だったのは、なにより女性として日本ではじめて職業作家を志したこと。比較的裕福であったころ、主席という優れた成績にもかかわらず、母の意見で学校高等科の進級をせず退学し、兄や父が亡くなり、実家が破産する中で家督相続人となり、裁縫や洗い張り、果ては荒物・駄菓子の店を開きながら小説家として生計を立てます。24才の若さで肺結核のため亡くなった…。 ああ、明治の時代の転換期の過酷な運命は、さながら監獄のように彼女を苦しめただろうと思ったのです。経済的にもう少しでも余裕があったならば、病で早く亡くなることもなかっただろうに…と。 特別展は見応えがあり、多くの作品、自筆原稿や書簡、日記などもありましたが、ここでは川上未映子訳『たけくらべ』を挙げます。一葉の『たけくらべ』が雑誌に連載されて120年という2015年に、川上未映子が現代語訳を出したことは頭の片隅にあったけれど、その本を実際に手に取ったのは初めて。姫路文学館に並べてある川上本は、川上未映子自身をイメージさせる素敵な装丁で、買いたかったけれど、お金の遣り繰りをしながら生活している私には勇気が出なかったのです。帰りに寄った図書館で、なんと「池澤夏樹個人編集日本文学全集13」に、夏目漱石、森鴎外とともに樋口一葉の『たけくらべ』を川上未映子訳で収録してあったのです! さすが、池澤夏樹!!と、ちくま日本文学全集「樋口一葉」とともに借りました。 『たけくらべ』の中の美登利は心惹かれる真如に想いを伝えられません。雨の降る日の、真如の下駄の鼻緒を切った場面や、美登利が突然不機嫌になる場面、真如が修行のために家を出る場面など、文章だけでなく映像がうかぶほど親しまれている作品ですが、今回は美登利の嘆きの箇所を比較してみます。 「厭、大人になるのは厭なこと、どうして、どうして大人になるの。どうしてみんな大人になるの。七ヶ月、十ヶ月、一年、ちがう、もっとまえ、わたしはもっとまえにかえりたい。」(川上訳) 直接話法、間接話法、その他すべてを無視して一葉の文語を口語文にするという方法で、一葉のほとばしる作品をリズミカルな川上小説にしています。(ちなみに松浦理英子も現代語訳をしているんですね!知らなかった。) このたび樋口一葉の『たけくらべ』(ちくま日本文学全集)とその年譜も読み、一葉が援助の交換条件に妾となることを求められて拒否したこと、借金を申し込んで断られたことなども知りました。また川上未映子も歌手や文学上の華やかな経歴が良く知られていますが、今回注目して調べたところ、 「高校卒業後は弟を大学に入れるため、昼間は本屋でアルバイト、夜は北新地のクラブでホステスとして働いた。」というたくましい経歴を知りました。樋口一葉は、社会の底辺を生きる遊女から上級官僚の妻までの女性たちの姿を描きましたが、川上未映子も同様に「地べた」(byブレイディみかこ)からの視点が定まっているということで、一層樋口作品川上訳の値打ちを感じました。 世の中はますます格差も分断も進んでいます。その象徴が感染者数の増加とGo Toなんとかの矛盾です。あまり報じられませんが困窮している弱者は多く、また自殺者に女性が多いなど心痛むばかりです。明治からずいぶん時は経つけれど、「見えない監獄」はあらゆるところに巧妙に生き残っているのでしょう。 明治の樋口一葉、そして現代の川上未映子の作品と生涯に触れる機会を得ることができ、しみじみとしています。 ではSODEOKAさん、よろしくお願いします。(N・YMAMOTO・2020・11・21) 追記2024・03・17 追記 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.03.22 23:22:54
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