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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2021.09.04
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​​濱口竜介「ドライブ・マイ・カー」シネ・リーブル神戸 神戸での封切り直後、入場を待って並んでいらっしゃる観客の数を見て、少々怯えていましたが、1週間たった劇場は10数人でした。ホッとして席について映画が始まりました。
 寝起きなのか、情事の後なのかわかりませんが、主人公の妻が何事か語っている声が聞こえてきて、なんというか、隙間風が吹いたような気がしました。
「うそくさい」
​ 映画の最初で、この印象はちょっと…なのですが、やがて、妻が語るシーンが、たとえば、口寄せの巫女が語るような場面であることが分かります。さて、演出として霧島れいかという俳優が「声」を演じているのか、ただ単に下手なだけだったのか、最後まで分かりませんでした。​
 ただ、そのシーンの印象のせいでしょうか、あるいは、「演じる」ことをテーマ(?)にしている映画だったからでしょうか、登場人物たちの「声」が気になって仕方がない3時間でした。
 「声」の話で言えば、一番「あっ」という感じで納得したのは安部聡子(柚原)でした。​

 実は、この納得には理由があります。彼女はかつて劇団「青年団」の俳優でしたが、現在では「地点」という劇団の方です。数年前のことですが「地点」の好演、確か、チェーホフの「桜の園」のラネフスカヤ婦人だったと思いますが、強烈な舞台を見たことがあります。その時の「声」が印象的だったのでしょうね。この映画で彼女もまた「声」から登場しますが、演劇祭の打ち合わせをしているシーンで、なんでもないセリフの「声」が聞こえてきた途端、「あっ」と思いました。
 ついでに言えば、この映画には​松田弘子​​山村崇子​という「青年団」の女優さんも登場します。名作「東京ノート」のラストで「にらめっこしましょ泣いたら負けよ」という名セリフの場の二人ですが、映画のなかで、世間話のようなセリフを交わす彼女たちの「声」にも納得しました。
 まあ、思い出に浸っていただけなのかもしれません。ぼくは、この三人の舞台での演技を10回以上見ていますから、ぼくの中にある彼女たちが「演じる」ときの「声」の記憶が共鳴したということもあるような気がします。
​ そういう可能性を前提にした話ですが、面白いことに、登場人物たちの「声」を聴いていて違和感が消えなかった俳優は西島秀俊(家福悠介)、霧島れいか(家福音)、岡田将生(高槻耕史)の三人でした。​
​​ 特に「ぼくは空っぽだ」という、かなり重要なセリフを岡田将生(高槻耕史)が発声したときには、「意味」にではなく、「音」に対して、ちょっと困った感じがしました。​​
 考えてみれば、この三人は、ある意味で「空っぽ」の役を演じていたわけで、その「声」の響きは、演出の結果ではなかったかという疑いを持ちましたが、どうなのでしょうね。
 この三人に対して​三浦透子(渡利みさき)​「声」は面白いと思いました。抑揚は少ないのですが、素人っぽいわりに存在感がある「声」だっのではないでしょうか。
​​ 一番驚いたのは、パク・ユリム(イ・ユナ)手話の「声」でした。もちろん聞こえないのですが、時折発する破裂音と手の動きが「声」そのものでした。
 そこまでの日常会話のシーンでもそうでしたが、ラスト近くののシーンですが、劇中劇でのソーニャは見ごたえがありました。表情というよりも、目に見える身体的な動き全体の柔らかさのようなものが「声」を作っているのではという、無理やりなことを考えながら見入ってしまいました。​​

 単なるパントマムじゃないかと考えられないわけではなのですが、「声」「身体」のつながりというか、「声」はどこから出てきて、聞いている自分は「声」の何を聞いているのだろうかを考えさせられるシーンでした。これは「発見!」というか、ドキドキしたシーンでした。
 劇中劇の「多言語演劇」も、「青年団」とか、かなり以前からやっていますが、「なにが通じるのか」を突き付けていて面白い演出でした。
 濱口竜介という監督の映画にはこういう印象的なシーンがあるんですよね。まあ、だから見てしまうのですが。 で、映画の話ですが、最初のシーンの「セリフ」村上春樹の原作を読んだことがあることには気づきました。ただ、そのシーンの違和感のせいでしょうか、うまく入り込めなかった印象が強いのですが、とくに「ワーニャ伯父さん」の使い方に無理を感じました。
 ワーニャの絶望と怒り、ソーニャによる励ましが、自動車のなかで聞く「カセットテープ」や演技の練習の場の「読み上げられるセリフ」の「声」として繰り返され、西島秀俊(家福悠介)三浦透子(渡利みさき)の関係に重ねられていくのですが、どうだったのでしょうね。
 ゴミ処理場のシーンでも北海道の雪のシーンでも西島秀俊(家福悠介)がすることがなくて困っているように見えて、映画が途切れているような印象を受けました。
 本当は、この二つのシーンと、三浦透子(渡利みさき)の母の思い出の告白は、彼女が、今、生きている世界と、先程「空っぽの三人」と言いましたが、西島秀俊(家福悠介)の生きている世界の相似性を暗示する、大切なプロットなのだと思いました。
​ が、三浦透子(渡利みさき)が、医学用語である「解離」という言葉を口にしたのを聞いて、なんとなく醒めてしまいました。一人の人間存在において、多重化した複数の人格は「どれも本当なのだ」という意味の彼女のセリフと、まあ、たぶんセットなのですが、映画に必要なのは「どれも本当」という三浦透子(渡利みさき)「ことば」「深さ」だったのではないでしょうか。
 「解離」という説明は、この二人が立っている哀しみの「深さ」とワーニャとソーニャの絶望の「深さ」とのつながりを失わせることにならないでしょうか。​

 この映画の原作に限らず、村上春樹の作品について、「地下二階」の上にある現実を生きている人間を描いているというふうなことを誰かが言っていたと思いますが、チェーホフの作品の登場人物たちも、その世界を共有していると思います。この映画も、二人の作品世界が共有する「地下二階」を重ね合わせることで、人間の悲哀の普遍性を照らし出そうと試みていると感じたのですが、たとえば、村上作品について、心理学や精神病理的視点からの読み取りはありうると思いますが、かえって作品の深さを見失うのと同じ印象が、そのセリフと一緒に浮かんできたのだと思います。 三浦透子(渡利みさき)が運転し西島秀俊(家福悠介)が同乗している自動車の車内は、地下二階と現実の境界線の比喩なのだろうと思いましたが、そういう意味で、ヒロシマから北海道までの長いドライブのシーンで、二人の手が夜のなかに火のついたタバコを差し出したシーンは、何を表現しようとしているのか分からないのですが、わからないからこそでしょうね、ぼくにとっては地下二階を抱えながらか細く生きている人間を感じさせて印象深かったわけです。
 濱口竜介の作品を見るのは、これで3本めだと思いますが、それぞれの作品でちょっとしたシーンやセリフが棘のように残るのですね。この映画も、のめり込みかけると突き放されるということの繰り返しでしたが、きっとまた見るのでしょうね。まあ、ぼくにとってはそういうタイプの監督なのでしょうね(笑)。
 褒めているのか貶しているのかわからないことをくだくだ書いてきましたが、今回は
パク・ユリム(イ・ユナ)の手話演技拍手!でした。

監督 濱口竜介
原作 村上春樹
脚本 濱口竜介 大江崇允
撮影 四宮秀俊
音楽 石橋英子
キャスト
西島秀俊(家福悠介)
三浦透子(渡利みさき)
霧島れいか(家福音)
パク・ユリム(イ・ユナ)
ジン・デヨン(コン・ユンス)
ソニア・ユアン(ジャニス・チャン)
ペリー・ディゾン
アン・フィテ
安部聡子(柚原)
岡田将生(高槻耕史)
2021年・179分・PG12・日本
2021・08・30‐no82シネ・リーブル神戸no115
追記2021・09・04

​ ネット上のレビューを見て驚きました。なんだか、みなさん「声」について書いていらっしゃるようなのです。まあ、根拠なしの実感を書いているぼくの感想は思いこみのピンボケかもしれませんが、こういう感じ方もあるという報告としてお読みいただければと思いました。 ついでながら、チラシが二種類あったので貼りました。​​​

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最終更新日  2024.05.07 22:58:36
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