山本おさむ「今日もいい天気 原発事故編」(双葉社)
あの、表紙の写真を見ていただきたいのですが、手前には水をはって、田植えがすんだばかりの田んぼがあります。その手前にはポピーとかでしょうか、花をつけていて、まあ、なんの花なのかよく分からないのですが、なかなかカラフルで、正面には鎮守の森というか、どっちかというと古墳のような小山があります。空は青空で「今日もいい天気」というわけですが、この絵は本当に「いい天気」の絵なのでしょうか。
右奥に地面から立ち上がった雲のようなものが見えますが、これは最近田舎に行くと突如できているでかい石像か何かなのですかね?
大体、漫画を読むときに、まず表紙をしげしげと眺めるなんてことは、普通しません。とりあえずページを繰って、いそいそ、パラパラと読むわけで、読み終わって表紙を見て、えっ?こんな絵だったのかと気づくのです。
で、気づいたということです。
この表紙は2011年3月14日の福島県岩瀬郡天栄村の、「その瞬間」のスナップ写真なのですね。その瞬間何があったの、皆さん覚えていらっしゃるでしょうか。
で、「今日もいい天気」だった主人公の山本おさむさんとその配偶者ケーコさん、飼い犬コタの暮らしが、その瞬間から変わります。
当時、山本さんは「そばもん」という人気漫画を連載中の漫画家でした。1954年生まれで、この年、57歳です。最初の奥さんと死別し、再婚したケーコさんの故郷、福島県の天栄村に新しい住居を得て、初体験の田舎暮らしを始めたばかりだったようです。その田舎暮らしを「今日もいい天気(パート1)」と題して「赤旗日曜版」に連載したところ、好評で(パート2)を書き始めようとしていた矢先にこの風景と出くわしたようです。
とういうわけで、10年後の今、単行本としてあるこの漫画は「今日もいい天気 原発事故編」と名付けられることになりました。内容は、この風景に出会った日からほぼ10か月の出来事が、下のような絵で描かれています。漫画エッセイと名付けられていますが、登場人物の紹介です。
この漫画で面白いのは「漫画家」として働いている山本さんが表紙の風景に出会って、四苦八苦しながら、だんだん怒りを募らせていくところです。
上の登場人物として描かれている「山本さん」は、妙にケンのある顔で描かれていますが、この漫画の中で、ただ一度だけ「山本さん」がマジ切れする場面があります。そのシーンの顔なのです。
山本さんは住み始めた天栄村が放射能汚染で立ち入ることができず、避難生活を余儀なくされていたわけですが、避難者に対する補償のついて東京電力に問い合わせの電話をする場面があります。その時の電話での「形式的」な対応に、とうとうキレてしまった時の顔です。電力会社の「無責任」な態度は、電話対応のオペレータまで「汚染」していていることが明らかで、読んでいて忘れられないシーンでした。
政治的な主張や、理想を追うモラルの話ではなくて、壊されていく「小さな暮らし」に対する不安と怒りが、執筆の起動力になっているようで、その結果、政治の欺瞞が批判されていますが、イヤミガなくて素直に読めます。
ここまで書けば、2011年の3月14日に何があったのか思い出していただけたでしょうか。福島第一発電所の原子炉が爆発した日ですね。
10年たちましたが、あの日に「小さな暮らし」を失った多くの人は無事に暮らしを取り戻せたのでしょうか。
山本さんが怖い顔をした自画像をこのマンガの主人公の顔としてお描きになっている気持ちは、少しは和らいだのでしょうか。
そんなことをぼんやり考えながら、最近別の本で読んだこんな言葉を思い出しました。
我々が最後に思い出すのは、敵どもの言葉ではなく、友人たちの沈黙である。
(M・L・キング)
出版されてから10年近くたった今、この漫画を読んでいるぼくは世間に疎いので知らなかったのですが、原発モノや震災モノがはやった時期には、じつはかなり評判をとったマンガじゃないかという気がします。ただ、見かけ上話が小さいので、大ヒットという感じではなかったのかもしれません。
この後、パート1とパート3を読むつもりで探しましたが、結構、高価です。やっぱり、あんまり売れなかったのかなあ。